移住して4年目、地方での働き方は…?

新しい土地で暮らし始めてから、自分に合った仕事を見つけたい。そんな思いで、仕事を決めずに下田に移住した津留崎鎮生さん。“月3万円ビジネス”の考え方に影響を受け、複数の仕事を組み合わせて働くという働き方を実践しています。そして移住して4年目、またひとつ新たなナリワイが見つかったようです。

その土地で、自分に合った仕事を見つけたい

新型コロナウイルス感染症の影響により、「密」な都市部から郊外・地方への移住を考える方が多いそうです。そのきっかけのひとつとして、コロナ禍を機に広がった「テレワーク」があるとか。確かにテレワークで「どこでも仕事ができる」という方にとっては移住のハードルは低いのかもしれません。

でも、実際には都市部の多くの方はテレワークができないような仕事に就いていて、コロナ禍でも変わらずに電車に乗って通勤している。そうした方たちにとっては、「移住」というのは暮らす場所を変える、そして仕事も変える、ということで相当高いハードルといえます。

高台から見た下田の海

でも、そんな方たちもこのコロナ禍により仕事や暮らしについての価値観が変わり、移住を考え始める人も多いそうです。

という自分も「仕事も暮らす場所も変える」という移住をしました。コロナ禍がきっかけではありませんが、東日本大震災という、やはり価値観を揺るがすような大きな出来事がそのきっかけでした。

田植えの様子

震災直後、スーパーの棚が空っぽになっているのを見て、「いままで積み上げてきたものの儚さ」を実感。せめて自分たちが食べる米ぐらいつくれるようになりたい! そんな思いで移住を決意。そして始めた米づくりも3年目となりました。

詳しくは連載初期に書いていますが、東京で会社員だった僕は会社を退社してから、移住先探しの旅に出ました。

そして、紆余曲折あり、下田で暮らすことに。暮らし始めたときには仕事はありません。この連載のいくらかの原稿料が唯一の収入源でした。

移住するにあたり、いままでの仕事が続けられない場合は、先にネットやハローワークなどで就職活動をするのが一般的なようです。でも、暮らす前からネットやハローワークで就職先を決めてしまったら、その土地を知る前に仕事を決めてしまうということになる。

僕としてはそうではなく、その土地に暮らし始めてから自分に合った仕事を見つけたい、そんな思いから仕事を決めずに移住することにしたのです。

実際、この決断にはかなり勇気がいりました。

自分に合った仕事がなかったらどうしよう? というか、そもそも仕事がなかったらどうしよう? そんな不安は少なからずはありました。でも、いやいや、仕事がないなんてことはないはずだ。選ばなければあるはず、最悪、なかったらつくればよい、そんなつもりで決めたのです。

そして、仕事はひとつではなく、いくつかの仕事を組み合わせたい。そうも考えていました。これは移住を決めた頃に出会った本『3万円ビジネス』に影響を受けたとも言えます。

この本では地方で働くことをテーマに、月に3万円の収入となるような仕事をいくつか持つ働き方を紹介していました。この働き方に魅力を感じたのは、社会状況の変化が激しい時代なので、ひとつの仕事に絞るのはリスクが大きいと感じていたこともあります。

「月3万円では暮らせないぞ!」と思うかもしれません。ならば「月3万円ビジネスを10個」というのはどうでしょうか。月30万円の収入になります。支出が少ない生活を愉しむことを重ねれば、「月3万円ビジネスを5個」でもお釣りがくるかもしれません。

 

『3万円ビジネス』まえがきより

湧き水を汲む

移住してからは支出が少ない暮らしを愉しんでいます!

小さなナリワイを複数持つという働き方

そして、実際に移住してからあちこちに顔を出していると、こんな経歴を持ったやつが仕事を決めずに移住してきた……という話がまわるようで、出会った方々にいろいろと仕事を紹介していただきました。そんななかで、いまも続ける仕事に就けたのです。

いまの状況としては、メインとなるのはこの連載でも何度か紹介している「養蜂場」と「工務店」の仕事。ほかにも単発で、個人的に頼まれて図面を書いたり、工事をしたり、文章を書いたり。そんな感じです。

そして、基本的には平日午後は家で仕事をしています。娘の学校に学童保育がない、ということで家で仕事をする態勢を整えたのでした。

相変わらずこの連載も続けさせてもらっています。こうした暮らし方に興味を持っていただいて、講演をしたこともありました。

自宅でのパソコン作業に娘も参加

家で仕事してるとこんなことになることもしばしば。これもまた家仕事の醍醐味? ちなみにいまは学童保育が整備されました(結局行っていませんが)。

思い描いていた“3万円ビジネス”が5個、10個というカタチとはだいぶ違いますが、いくつかのナリワイを持って暮らしているという点では近いものがあります。

そんなこんなで移住して4年目に入ったこの春、またひとつありがたいお声がけをいただきました。それは、わが家が暮らす下田市の「関係人口創出」のためのFacebookページの運営チームへのお誘いです。

下田市は、ほかの多くの地方自治体と同じく人口減少・少子高齢化に悩まされています。さらには主幹産業が観光業であり、このコロナ禍の影響をもろに受けています。

クラウドファンディングのメイン画像

5月には影響を受けて危機的状況にある地域の有志がクラウドファンディングを立ち上げました。

そんな状況で重要なのが「関係人口」を増やすことだといわれています。「関係人口」……??なんとなく知ってるというようなこの言葉、定義をあらためて調べると……。

「『関係人口』とは、移住した『定住人口』でもなく、観光に来た『交流人口』でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指します」(総務省「関係人口」HPより)

なんだか余計わかりにくいですね。シンプルに言ってしまうと「まちのファン」ということのようです。つまり「下田ファン」を増やすためのFacebookページ「WITH SHIMODA」の運営業務にお誘いいただいたのです。

移住先として決めたこのまちで、何かしら自分に合った仕事をいくつか見つけたい、そんな考えでいた自分が、こうして市が力を入れる下田ファンの創出に協力できるというのは本当に光栄なこと。ありがたくお誘いをお受けしました。

下田ファンをつくる「WITH SHIMODA」

まず、5月の「WITH SHIMODA」Facebookスタート時には、バナーやカバー動画、ページの説明文などを担当させていただきました。

「WITH SHIMODA」のバナー画像

バナー画像。こちらのページは一方的に情報を流すのではなく双方向で「語り合う場」というイメージです。イメージに合う写真を探していたらピッタリのを発見! 娘と友だちに登場してもらいました。なかなかの決定的瞬間ですよね?

カバー動画は下田の日常を感じる写真を集めたスライドショーとしました。

Facebookページストーリー

ページの概要でもあるFacebookページストーリーも担当(リンクはスマートフォンのみ有効です)。

運営チームは7人、それぞれテーマを決めて持ち回りで投稿しています。僕は毎週金曜日に「下田のいま」についての記事を投稿することになりました。

マス目がひかれたビーチ

ビーチでもソーシャルディスタンス! ということでマス目がひかれたビーチ。コロナ禍での海水浴場をどう運営していくのか? 難しい判断を迫られました(WITH SHIMODA)。

海水浴場の入り口閉鎖の看板

結果、「下田ルール」という感染症対策をしながら海水浴場を開設しました。その取り組みは全国的にも注目されました(WITH SHIMODA)。

下田の海

お気に入りの下田の海の写真を募集した投稿では多くのリアクションが。手ごたえあり!(WITH SHIMODA)

まだまだ始まったばかりのこちらのページ。運営チームみんなで手探りしながら、よりよいページに、そして何より「下田ファン」をつくるために日々努力しております。

ご覧いただけたら、そして下田ファンになっていただけたら幸いです! どうぞよろしくお願いいたします。

岩場で遊ぶ子どもたち

今月末にはこちらのページに参加したことがきっかけで「移住者目線でまちの魅力を語る」という依頼がありました。何をお話しようか検討中。やはり「暮らしと自然が近い」ということかなあ……。

ということで、なんだかんだと動いているとお声がかかるものなのだあと実感。こんな動きも、ひとつの仕事で忙しくしていたらできなかった気もします。

そして、こうした連載をしていることもあり、移住希望者の方から連絡をいただくことがあります。皆さん、やはり悩まれているのが、移住してからの仕事をどうするか? ということです。

本当に難しい問題だと思います。でも、いまは都会にいたって安定した仕事を得られるとはいえない世の中。そんななか、地方のほうが生活費がかからないことは間違いないです。どうにかして暮らしていくぞ! という行動力があればどうにかなる? そんな無責任なことを思う今日この頃です。

「中干し」中の稲

今年の米づくりは苦労してます! やたらと長い梅雨、明けたと思ったらこの猛暑……。でもその試行錯誤も楽しい。ただいま、田んぼの水を抜く「中干し」中。米づくりのことはまた書きます!

文 津留崎鎮生

text & photograph

Shizuo Tsurusaki

津留崎鎮生

つるさき・しずお●1974年東京生まれ東京育ち。大学で建築を学ぶ。その後、建築家の弟子、自営業でのカフェバー経営、リノベーション業界で数社と職を転々としながらも、地方に住む人々の暮らしに触れるにつれ「移住しなければ!」と思うように。移住先探しの旅を経て2017年4月に伊豆下田に移住。この地で見つけたいくつかの仕事をしつつ、家や庭をいじりながら暮らしてます。Facebook Instagram