さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第13回は、タブラ奏者のユザーンさんによる香川で讃岐うどんを食べ歩いた記録。カレーのイメージが強いユザーンさんが、どうしてうどん屋をめぐることになったのだろうか。

なんだこれは、うますぎる

2018年の春、インド古典音楽のツアー中のことである。岡山市のライブで、客席に意外な顔を見つけた。僕は10年くらい前まで〈ASA-CHANG&巡礼〉というバンドに所属していたのだが、そのバンドのマネージャーだった吉澤くんがなぜか来場していたのだ。驚きながら、なんでここにいるのか彼に聞いてみた。

「いや、ちょっと高松にうどんを食べにきたんですけど、ユザーンさんのライブが岡山であるって知ったんで高松から電車で駆けつけました」「うどんを食べに高松? それだけで?」「麺好きの僕には憧れの地だったんですよ。ていうか、讃岐うどんマジでヤバいです! 信じられないほどうまいし、目を疑うほど安い。今日だけで6杯食べましたね。明日の昼過ぎまで高松なんで、もう4〜5杯は啜ってから帰ります」

興奮気味な彼の言葉を聞くうちに、僕の頭のなかもうどんでいっぱいになってしまった。ちょうど翌日が高松のライブだったので、吉澤くんのうどん巡礼に同行させてもらうことにした。

吉澤くんが1軒目に選んだのは、坂出市の〈がもううどん〉だった。「朝8時半の到着を目指すので早起きしてください」と言われ、そんな朝早くからうどん食べている人なんかいるのかなと思ったが、到着してみたらすでに行列していた。

平日の朝から、みんな何やってるんだろう。

平日の朝から、みんな何やってるんだろう。

この地方で「あつあつ」と呼ばれる、温かい麺に熱い出汁をかける組み合わせを選んだ。大きな油揚げがいかにもおいしそうだったので、それをトッピングに加えた。うどん1玉とお揚げで250円だ。たしかに安い。店外に設置された木製の小さなベンチに腰かけ、丼を左手に持ったまま割り箸を口と右手で割る。

ネギは自分で好きなだけ入れられるのがうれしい。

ネギは自分で好きなだけ入れられるのがうれしい。

なんだこれは、うますぎる。はじめてザキール・フセインの生演奏を見たときのような衝撃が口内を襲った。出汁を飲み干すまでの数分間、僕は我を忘れていた。放心状態になっている僕を見て、吉澤くんは満足気だった。彼は前日も〈がもううどん〉を訪れていたのだが、ここだけはどうしてもリピートしたいと思ったのだそうだ。

次に向かったのは丸亀市の〈なかむら〉。以前は、客が自らネギを畑で収穫してきてから刻んで自分の薬味にするという謎のスタイルで営業をしていたらしい。冷たく締めた麺に冷たい出汁をかける「ひやひや」にした。

ここもネギは入れ放題。欲張ってつい入れすぎる。

ここもネギは入れ放題。欲張ってつい入れすぎる。

少し細めの麺は、舌に触れた感じはやわらかいのに、噛むとモチっとした心地よいコシがあるという独特な口当たりだった。出汁はイリコを使っているのだろうか。つい最初から七味唐辛子をかけてしまったが、このさっぱりして香り高い出汁には入れなくてもよかったかもしれないなと反省した。

3軒目に吉澤くんが選んだ綾川町の〈山越うどん〉は、茹でたてのうどんに生卵を和える「かまたま」の発祥の店だという。さらにそこへ山芋を加えた進化系「かまたまやま」というのを注文してみた。

見るからにうまそう。

見るからにうまそう。

今まで食べた3店舗のなかでは一番太めな麺に、卵と出汁がよく絡む。麺の熱で卵が少しだけ固まってきているのも絶妙な食感だ。店内に流れているオルゴール調の微妙なBGMも、これだけおいしいうどんとセットになるとなんだか素敵な音楽に聞こえてくる。

安さに対して次第に麻痺してくるが、この「かまたまやま」300円を加えても合計でまだ770円しか支払いをしていない。恐れ入るコストパフォーマンスだ。

さすがに午前中だけで3杯もうどんを食べるとお腹が膨れてくる。ちょっと腹ごなしでもしようかと、高松の人気スポットである〈栗林公園〉を散歩してみることにした。入園料の410円を払う際に「このお金で、かけうどんが2杯食べられるな」というみみっちい考えが少し頭をよぎったが、それを振り切って中に入る。

予想を超える美しさ。

予想を超える美しさ。

思った以上に広大な公園だった。面積は75万平方メートルもあるそうだ。1周してからまたうどんを食べに行こう、と思っていたけれど、とてもじゃないが回り切れない。それに、なぜか歩けば歩くほど胃の中でうどんが膨張してくる感じがする。歩き疲れた吉澤くんが園内の石に座りこみ、うつろな目でタンポポの綿毛を飛ばしているのを見たときに今日のうどん巡礼が終わったことを知った。

吉澤くん、お疲れ様でした。

吉澤くん、お疲れ様でした。

吉澤くんは東京へ戻ってしまったので、翌日のうどん巡礼はサントゥール奏者の新井孝弘くんとふたりで出かけた。この日の1軒目は高松市の〈手打十段 うどんバカ一代〉。釜バターうどん、というのが名物だと吉澤くんから聞いたのでそれを頼んだ。

なんて素敵な朝ごはん。

なんて素敵な朝ごはん。

熱々のうどんの上にバターと黒胡椒がのっている。そこに生卵を割り入れ、かき混ぜて食べるようだ。釜玉うどんの持つカルボナーラ感を、さらに増強させた感じの味だった。かなり太めの、もっちりとした麺の食感が心地いい。出汁醤油や青ネギを加えたりして、楽しみながら食べ切った。

次の演奏がある神戸への移動もあるので、この日はあと1軒だけにしようということになった。最後の店も高松市。吉澤くんの激推し店〈手打ちうどん はりや〉だ。

「尋常じゃないほどコシがあるうどんも素晴らしいんですが、ここはなんといっても、かしわ天(鶏の天ぷら)がすごいんですよ! 今までの人生で食べた揚げ物のなかでも最上位です」との吉澤くんの言葉を信じ「かしわざるうどん」を注文した。

おいしくないはずがないルックス。

おいしくないはずがないルックス。

ざるうどんの横に、ひと口では確実に食べ切れないサイズのかしわ天が5つも乗せられている。なかなかのボリュームだ。

まずはうどんをツユにつけて啜り込む。口内に広がる小麦の甘い香りと強いコシは地粉を使った武蔵野うどんを少しだけ思い起こさせるが、あくまで讃岐うどんの風味になっているのが興味深い。これは相当うまい。

そしてかしわ天も抜群だ。サクッとした衣の中から、肉汁がジュワっと溢れてくる。カウンターの隣に座っている新井くんは、うどんが出てきてからひと言も発しないまま淡々と食べ進めている。彼は、本当においしいものを食べているときには無言になるタイプなのだ。

以上が2018年の香川うどん巡礼だ。翌2019年も行き(なんと吉澤くんは翌年も有給休暇を取って現れた)、僕は〈がもううどん〉で「あつあつ」と「ひやひや」の2杯を同時食いするという夢を実現した。

今年の春も行きたかったが、新型コロナウイルスの影響でツアー自体が中止になってしまった。またおいしいうどんを香川県で食べるためにも、新型コロナウイルス感染の収束を心から願っている。

profile

U-zhaan ユザーン

オニンド・チャタルジー、ザキール・フセインの両氏にインドの打楽器「タブラ」を師事。2000年より〈ASA-CHANG&巡礼〉に加入し、『花』『影の無いヒト』など4枚のアルバムを発表。10年に同ユニットを脱退後、U-zhaan × rei harakamiとして「川越ランデヴー」「ミスターモーニングナイト」などをリリース。14年には坂本龍一、Cornelius、ハナレグミらをゲストに迎えたソロ名義のアルバム『Tabla Rock Mountain』を発表した。17年に蓮沼執太との共作アルバム『2 Tone』、18年にはフルカワミキ÷ユザーンとして『KOUTA LP』をリリース。20年はインド・アーメダバードで開催されたインド音楽フェス「Saptak Annual Festival of Music」に出演した。最新作はBIGYUKIとの共作曲「City Creatures」。

text

U-zhaan