野村パターソンかずたか vol.2

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、野村パターソンかずたかさんの連載です。

元ミュージシャンで世界の都市を巡った背景から、地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。今回は旭川の目抜き通り「買物公園」にある空き店舗を骨董品店にリノベーションした事例をお伝えします。

旭川の繁栄の象徴だった「買物公園」

五十嵐広三さんの本を読んでいる。五十嵐さんは1963年から1974年まで旭川市長を務め、全国に先駆けて歩行者天国「平和通買物公園(通称、買物公園)」の開設を主導した方だ。

市内の老人との会話の中でまちづくりや賑わいづくりの話題に触れると、誰もが口を揃えて当時の買物公園の盛り上がりについて熱く語り出す。

「当時の東京・銀座と同じくらい人口密度が高かったんだ」「住み込みで働く人ばかりで、2階全部どころか、3階、屋根裏にまで部屋をつくって、そこで寝てたんだ」「毎晩、人が溢れるほどいて、人混みをかき分けて前に進んだんだ」「商店にはお客が多すぎて、受け取った現金は段ボールに投げ入れて、一日の終わりに数えたもんだ」

出会ったばかりのお年寄りの思い出話が、いまの様子とは真逆のまちの景色を紡いでいく。

旭川の目抜き通り「買物公園」。

旭川の目抜き通り「買物公園」。

前回書いたとおり、直感と思い切りで挑戦した最初の物件では大失敗をした。買物公園の最盛期をすぐ近くで生き抜いた築60年の木造物件は無残に解体され、更地になった。当時敷いた砂利も最近ではアスファルト舗装が施され、駐車場としてどんどんグレードアップしている。

不動産屋から共感を得て、物件情報を集める

「不動産屋は嘘つきだ」という声を聞くことがある。調子のいいことばかり言って契約を決めさせようとしたり、本当にこちらが知りたい物件については教えてくれず、身内にだけいい情報を流しているのだと。これが事実かはわからないが、「身内」として認識してもらえればいい情報を共有してもらえるのは間違いないだろう。

初回の失敗を受けて始めたのは、地域でつながりができそうな不動産屋さんに挨拶に行くことだった。まずはこちらが物件を探していることを知ってもらう。新規起業者の支援をし、旭川の顔であるこの通りからひとつでもシャッターが閉まったままの店舗を減らしたいという目的を伝え、共感してもらう。

同じようなことを考えている方や、それをすでに実践している方とも多く出会った。いくら熱意があっても実績と信頼がない状態なので、業者さんにお願いを続けることで、せめて信頼だけでも獲得する必要があった。

関係づくりに躍起になっていたある日、1本の電話が入った。聞けば買物公園に売り物件があるという。金額は未定だというが、なんとかなる範囲内らしいので、さっそく内覧を申し込んだ。

いつもベビーカーを押しながら地域調査や物件下調べをしている。

いつもベビーカーを押しながら地域調査や物件下調べをしている。

当時は菓子店として建築され、直近までは居酒屋だった物件。店内からはほとんどの什器が取り除かれ、当時敷き直されたらしいクッションフロアは黒ずみ、カウンターや椅子の跡が残っていた。建物の奥に入るにつれて床の傾きは増す。入り組んだ給水管のパターンだけがこの混沌とした空間に唯一残った規律だった。

昔この店の前を通りかかった記憶がある。

そのとき開店の準備をしていたのは、ひとりの高齢女性だった。こちらに気づくと、しゃがれた声で「こんにちは」と言い切る前に、くるりと店内へと戻っていった。ピースボートのポスターの隙間から見えた内側の光景は、どの地方都市にもある「どう成り立っているのかわからない居酒屋」のそれであり、それを体感できる前に、もぬけの殻となってしまった。

近隣の情報やアイデア、地域の“生きた声”を集める

買物公園はかつての繁華街の象徴であり、地域衰退の話題で必ず引き合いに出される場所。いつかここで挑戦したいという思いがあった。天井を抜いて壁を整えればきっといい空間になるだろう。改修のイメージがすんなり浮かび、この物件の取得を決めた。

物件を取得してまずやること。それは近隣の事業者や友人を招待した持ち寄り制パーティだ。

この瞬間の建物を見てもらうことで、アイデアの芽を山ほどもらえる。「このエリアにはあれがない」「そういえば〇〇さんが物件を探していた」など、不特定多数にネットで宣伝するのとは質が異なる、なかなか知り得ないリアルな情報の宝庫になる。

パーティのあとは、物件の表情が違って見えるから不思議だ。普通の人にしたらここは薄汚い居酒屋跡地に過ぎない。こうしたまちの隙間に無限の可能性を感じるようになり、想像力が日々発達している気がする。

改修前の物件の様子。

改修前の物件の様子。

前回の物件で学んだレッスンをすっかり忘れ、とりあえず持ってきたバールで天井を剥がしてみた。『となりのトトロ』の「まっくろくろすけ」のもとになったのもこれであろう、堆積した埃にカビが生え、そこにまた埃がのった大量の真っ黒い歴史が降りかかってきた。

防塵マスクを装着し、防護グラスをつけ、とりあえず壊してみる。「おい野村パターソン、お前は前回何を学んだのだ」そんな自問自答を繰り返しながら、気に入らない部分を削っていく。創造と破壊は表裏一体。何かを生むために、何かを壊す。そんな言い訳を脳内で呟きながら、バールのようなものが右手の神経とつながり無心で解体していく。

このように一見すると破壊活動のようにもとれる創造活動をしていると、近隣の住民が不審そうな顔で覗き込んでくる。「解体ですか」「この建物なくなっちゃうんですか」「若いっていいわねえ」

そんなゲストの中にひとり、この活動のキーマンとなる人物が現れた。同じ通りでエスプレッソスタンドを営むTさんだ。

Tさんは札幌から旭川に移住し、いまはなくなってしまった旭川のデザイン・建築系の大学を卒業した。地域にとどまり、このエリアのハブとして機能しているコーヒースタンドのオーナーをしている。

仲間が増えての解体作業。

仲間が増えての解体作業。

Tさんの紹介で数名の仲間が集まり、夜な夜な解体する日々が続いた。木造に鉄骨で補強が入ったつくりで、土壁だった前回の物件ほど埃はたたなかったものの、小一時間も作業すると肌の露出した部分は一気に真っ黒になった。

未来の入居者と出会う

あれは何回目の解体作業だっただろう。「店に来るお客さんで物件を探している人がいる」とTさんが教えてくれた。こうして出会ったのが、東京でカメラマンをしていたNさん。これまでも骨董品の収集をしていたことから、市内で店舗を開きたいと考えていたらしい。

部分解体を経て明らかになった古材の絶妙な表情や鉄骨の無骨さに一目惚れしてくれたのだろうか。会って話してみると、「この店で新たな挑戦をしたい」と即答してくれた。

Nさんには解体作業にも加わっていただき、ここからリノベーションに入れそうだという矢先、Nさんが「ここからは僕がやります」と快く申し出てくれた。

リノベーションを手がける前に、テナントさん(になる方)から入居の申し入れがあったことになる。

いままでに20件近い物件を取得し、多くが新規創業者の店舗となっている僕の物件ポートフォリオの中では、実はこのケースが多い。掃除解体をしていると、いつの間にかテナント候補の方が現れ、手伝ってくれているうちに自ら改装したいと名乗り出てくれる。

最近では「DIYリノベ」という言葉を聞くことも多くなったからか、テナントさんの中には自らリノベをしたいと改装OKの物件を探している方は多い。

2019年にオープンした骨董品店〈tomipase〉。間口は4メートルほどの狭小空間に、所狭しと骨董品が並ぶ。

2019年にオープンした骨董品店〈tomipase〉。間口は4メートルほどの狭小空間に、所狭しと骨董品が並ぶ。

骨董品店〈tomipase〉 の誕生

Nさんによるリノベーションと審美眼によって、元居酒屋が骨董品店に生まれ変わった。店舗名は〈tomipase(トミパセ)〉 といって、アイヌ語で「宝物が集まる場所」のことだそう。北海道独自の商品も多いことから、観光客などが多く訪れる名物スポットとなっている(来店は予約制)。

物件を取得してから仲間と始めた部分解体も今回は大成功。古民家ほどの雰囲気はないまでも、年季の入った梁はなかなか味わいがある。

補強で入っていた鉄骨の朱色も、天井の黒ずんだ木部の雰囲気にマッチしている。

補強で入っていた鉄骨の朱色も、天井の黒ずんだ木部の雰囲気にマッチしている。

年季が入った古材には絶妙な表情がある。

年季が入った古材には絶妙な表情がある。

床は古材で仕上げた。

床は古材で仕上げた。

壁に塗られた漆喰のやさしい色が室内の骨董品を包み込み、仲間との解体時は不気味にさえ思った箇所も、きれいに磨かれて独特の雰囲気を醸し出す。

壁の漆喰を塗ったり、剥き出された木材を磨く作業はDIYで行ったが、古材で仕上げた床部分だけは本職の大工さんが担当した。水平を出したり、すでに歪みのある基礎の上に上手に床をつくるのはさすがプロの技。

質屋に預けておいた担保の品が、期限切れで質屋の所有になる「質流」。旭川は「質流のまち」とも言われ、東京から流れてきたものも含めてさまざまな古物が手に入る。

質屋に預けておいた担保の品が、期限切れで質屋の所有になる「質流」。旭川は「質流のまち」とも言われ、東京から流れてきたものも含めてさまざまな古物が手に入る。

2020年10月号の『カーサブルータス』にも掲載されていた!

2020年10月号の『カーサブルータス』にも掲載された!

活動をオープンにして、人を巻き込んでいくこと

前回大失敗した物件との違いはなんだったのかを考えると、初期段階でいろんな人に声をかけたことが功を奏したとしか思えない。前回はひっそりと買い、ひっそりと改修を進めた。今回は目抜き通りに面した物件で、解体前からさまざまな人に声をかけた。1度失敗しているが故に同情を誘った部分もあっただろうか。

本当に運よくDIYリノベを引き受けてくれるテナントさんと出会えたが故に生まれたこの店舗。原状回復の義務などを課さずに、テナントさんが好き勝手やれる環境を与えてあげるだけでも地域の小規模事業者さんの後押しになるのではないか。そんなことを考えながらtomipaseを外から眺めていて、あることに気がついた。

あれ、横の物件も空いてる?

地続きの土地は高くても買え、なんていいますよね。

次回は、空き店舗がテナントさんの協力のもとスマートフォン修理屋さんに生まれ変わったお話です。

information

tomipase トミパセ

住所:北海道旭川市6条通8丁目37-4

Web:https://tomipase.stores.jp

予約制(予約はInstagramより受付)

writer profile

Kazutaka Paterson Nomura

野村パターソンかずたか

のむらパターソン・かずたか●1984年北海道生まれ。旭川東高校卒業後に渡米し、 コーニッシュ芸術大学作曲科を卒業。ソロミュージシャンとして全米デビューし、これまでに600本以上の公演を行う。2011年に東京、2015年にニュージーランドへ移住し、IT企業で事業開発・通訳などを務める。2016年に旭川に戻り(株)野村設計に入社。遊休不動産の活用事業を3年で約20件行う。2020年に〈アーティストインレジデンスあさひかわ〉を立ち上げ、芸術家との交流を通した地域活性を開始した。