大学院生でもあり地域おこし推進員でもある瀬尾さん

今年の夏、我が家から車で5分ほどの毛陽地区に、新しい拠点が生まれた。その名は〈ルコチパーク〉。BMXと呼ばれる起伏の激しいコースを専用の自転車で走る競技のための場所で、今年岩見沢の山間のエリアに着任した地域おこし推進員(協力隊)の瀬尾洋裕さんがつくったものだ。

着任早々に瀬尾さんに会ったとき、10代(!?)かと思うような、少年のような雰囲気があったのだが、実際の年齢は24歳。北海道教育大学卒業後に塾講師として働いていたのだが、今年、再び大学に戻って院生となりスポーツによる地域活性についての研究も行っている。

瀬尾洋裕さん。大学に通いながらルコチパークの運営も行う。

瀬尾洋裕さん。大学に通いながらルコチパークの運営も行う。

「レースができるような本格的なBMXのコースは全国でも7、8か所くらいしかありません。札幌にも1980年代まであったんです。それを復活させたいという思いがあって」

瀬尾さんは茨城県出身。小学校4年生の頃からこの競技を始めた。大会に出場し一時はトップを目指したが、中学生になって上位の成績を収めることができず、この競技から離れていったのだという。

「選手としては全然ダメで。まわりの知っている子たちが世界選手権の代表に選ばれていくのを見て、心が折れました……」

その後は野球部に所属。大学でも野球を続けつつ、スポーツの経済学を学ぶようになった。卒業論文で取り上げたのはBMXについて。しかし、もっと研究を深めたいという思いが残る内容だったために、再び大学院に戻ることにしたという。

それが今年の春の出来事。そして巡り合わせのようなタイミングで、地域おこし推進員の募集を知った。

私が住む美流渡(みると)の隣の地区が毛陽。果樹園や田んぼが広がる農村地帯。

私が住む美流渡(みると)の隣の地区が毛陽。果樹園や田んぼが広がる農村地帯。

「大学生の頃から、この地域でシェアハウスをやっている先輩が企画したキッズキャンプのお手伝いをさせてもらったり、地元のみなさんと交流しながら雪かき体験を行う実習があったりして、よく訪ねていました」

BMXといったサイクルスポーツが、どのように地域の役に立てるのかを研究したい。そのためには、人が集まる場所をつくって、まずはその声に耳を傾けたい。大学院での研究を実証する場であり、地域おこし推進員のミッションである拠点づくりとがぴったりはまり、新しい挑戦がスタートした。

着任した5月、地元の協力により運良く毛陽で広いスペースが借りられることとなった。瀬尾さんは、まずスコップ1本でのコースづくりを始めたという。SNSにその様子がアップされていて、私はとても驚いたことを覚えている。

スコップで土を盛り、起伏をつくっていく。(撮影:瀬尾洋裕)

スコップで土を盛り、起伏をつくっていく。(撮影:瀬尾洋裕)

BMXコースの起伏は、1メートル以上になる部分もある。山をいくつも連ねたり、カーブの部分は片側を壁のようにしてすり鉢状の傾斜をつくったり。効率を優先するならば、重機を使わなければ到底できないレベル。

「1か月間は手だけでやってみようと思っていました。ほかの人がBMXコースをつくるときの参考にもしてもらおうと思って。手でもできることを証明してみたかったんです」

スコップで掘ってつくったコースの長さはおよそ30メートル。全体のコースの5分の1といったところか。学生や自転車仲間が手伝いに来てくれたそうだが、よほどのパワーがないとできない作業だったと思う。その後は、ご近所さんから中古のパワーショベルを手に入れコースづくりを進め、ついに8月にオープンすることができた。

工事現場で見かける重機よりもかなり小さいが、コースづくりには頼もしい相棒。

工事現場で見かける重機よりもかなり小さいが、コースづくりには頼もしい相棒。

朝から日暮れまで子どもたちの笑い声が響く場に

オープンしてBMXにハマったのは近隣の子どもたちだった。放課後、コースに行きたいと、宿題をなんとか早く終わらせようとがんばった子どももいた。休日にはお弁当を持って、朝から日が暮れるまで、自転車に乗る子どももいた。

うちの息子もときどき連れていってやると、本当に楽しそうだった。はじめはぎこちない乗り方だったが、瀬尾さんが見本を見せてくれたり、一緒に走ってくれたりするなかでメキメキ上達。ペダルを漕ぐのではなく、重心を移動させることによって加速させていくのがコツなのだという。

完成したコース。コースの周囲にもスペースが十分あり、子どもたちは泥遊びや木登りなども楽しんでいる。

完成したコース。コースの周囲にもスペースが十分あり、子どもたちは泥遊びや木登りなども楽しんでいる。

「ようちゃん、ようちゃん!」

コーチというよりも、近所のお兄さんのように子どもたちは瀬尾さんを慕っていた。そして何より瀬尾さんが、子どもたちが来てくれることを心から楽しんでいて、いつも真剣に遊んでいる(ように見える!)のが、ほほえましかった。

子どものうしろからアドバイスをする瀬尾さん。慣れない小さな子には自転車を手で支えながらコースを走ってくれる。

子どものうしろからアドバイスをする瀬尾さん。慣れない小さな子には自転車を手で支えながらコースを走ってくれる。

最近、地域に取材に来る人や案内を希望する人たちが増えているのだが、そのとき必ずルコチパークに連れていくようにしている。なぜかと言えば「自分が心からやりたいと思うこと」と「地域に役立っていること」が、自然と共存しているように思えるからだ。

例えば、この地域は過疎化が進んでおり、保育所はあるものの、小学生の子どもが集まれる児童館はない。

これは困りごとと言えば困りごとなのだが、ルコチパークが子どもたちが集まれる場所として機能しつつ、瀬尾さんもコースの土を固めるために、どんどん上を走ってもらいたいという希望もあって、どちらにとっても“うれしい”状態になっている。

さらに地域の人たちが瀬尾さんの活動を応援してくれたことで、半年というわずかな時間でオープンできたこともすばらしい点だと思う。地域活性化の方法はさまざまな道があるが、自分のやりたいことをストレートに出して、それが受け入れられたとしたら、一番すてきなことなんじゃないだろうかと私は思う。

「ルコチという名前をつけたのは、アイヌ語で足跡という意味からです。コース造成中に、いろんな動物の足跡を見つけたことと、この地域に何かしら足跡を残したいなぁという意味もありました」

ルコチパークは、先日の大雪で一面真っ白となり、今期の活動はお休みとなった。冬はまだ始まったばかりだが、子どもたちはいまから雪解けを待ちわびていることだろう。

雪に覆われたルコチパーク。来年のオープン情報はFacebookでお知らせ。(撮影:瀬尾洋裕)

雪に覆われたルコチパーク。来年のオープン情報はFacebookでお知らせ。(撮影:瀬尾洋裕)

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/