帰省は、お節はどうする? 初めてづくしのお正月

年末年始は帰省を断念した人も多いのではないでしょうか。東京から伊豆下田に移住した津留崎徹花さんも今年は初めて実家ではなく、下田で年末年始を過ごしたそう。でも、逆に初めてできた経験も。そこで感じたことや、複雑な思いを綴ります。

実家への帰省はどうする……?

明けましておめでとうございます。昨年は新型コロナウイルス感染拡大という未曾有の事態に、それぞれが不安や苦しみを抱えた1年だったかと思います。まだまだ先の見えない状況のなか、2021年という新たな年を迎えました。一日も早く、平穏な日々を取り戻せますように。

下田の海と朝日

年末年始、実家への帰省を断念した方も多いと思いますが、わが家もそうでした。実家への帰省を断念、というと一般的には首都圏から地方への帰省となるのでしょうが、わが家のように東京から地方へ移住した場合でも同じく断念せざるえなかったのです。

結婚してからも下田に移住したあとも、年越しは東京の私の実家で過ごしていました。母と姉家族、元日にはふたりの兄とその家族が集まり、総勢13人でお節を囲むというのが毎年の恒例です。

母は孫(私の娘)に1年近く会っておらず、「次はいつ来られるの?」と聞かれるたびに「年越しには行くからね」と伝えていました。娘はいとこと会えるのをとても楽しみにしていて、それこそ東京に行くまであと何日とカウントダウンしていたほどです。

みんなが待ちわびていた年越し。けれど、年末が近くにつれ急激に感染者数と死亡者数が増加。都市部への帰省する予定だった友人たちも、その状況を受けて皆、断念し始めました。

母と娘の気持ち、一方で感染のリスクや友人たちの決断、諸々。いろんな思いが頭の中で行ったり来たり、本当に迷いました。結局ギリギリまで待って、わが家も今回はあきらめることにしたのです。

娘と凧揚げ

娘が楽しく過ごせるようにと、「年末年始にやりいことリスト」を考えてもらいました。そのひとつが凧揚げ。目を爛々と輝かせて糸を操る娘の姿をみると少しホッとしました。

バドミントン中

娘のやりたいことリストその2、バドミントン。飛んでます。

初めての、家族3人だけでの年越し

あらためて考えてみると、私は生まれてこのかた正月を実家で迎えなかったことがありませんでした。いつものように母や姉家族とコタツに入って「あーだこーだ」いいながら紅白を見ることもできない。母も高齢です。いつになったら娘と会わせることができるのだろうか……。

この歳にもなって恥ずかしい告白ですが、なんとも言えぬ寂しさがこみ上げてきては去って、またこみ上げてきて。いままで当たり前に過ごしていた家族との時間。その時間がもてないことで、ポカーンと穴があいたような感覚に包まれるなんて、いままで気づいていませんでした。

けれど、娘は私以上にしんどいだろうということが容易に想像できました。いつもなら、いとことじゃれあっている賑やかな年末年始。あんなに楽しみにしていたのにそれが叶わなかったのです。自分がしょげている場合じゃないと気持ちを切り替え、初めて家族3人で、初めて下田で年越しをしました。

クッキー生地を型押し

焼きあがったクッキー

娘のやりたいことリストその3、ママとクッキーを焼く。慣れないアイシングに苦労したのもいい思い出。

毎年母が準備してくれていたお節、ここ数年は姉と私で分担してつくっていました。12月に入ってから姉とメールでやりとりをして、どちらが何をつくるかすでに相談済みでした。急遽その分担ができなくなり、それぞれの家庭でひととおりつくるしかない。

黒豆や栗きんとんはいつも姉に任せていたので、ほぼ未経験です。全部自分できるのだろうか……、と不安もありつつ、どこからか「お母ちゃん、しっかりせんば!」という責任感みたいなものも湧いてくる。

母譲りの大鍋

母がいつもお雑煮をつくっていた大鍋を私がずっと借りています。年越しにはこの鍋も一緒に帰省する予定でしたが、今回はこの鍋でお煮しめをたくさんつくりました。

お煮しめをつくり中

ということで初めてひとりでお節料理をつくり、そのうちの数種類を宅急便で実家に送りました。手料理を実家に送るというのは初めてのことですが、お節をつくりながら、ある料理家さんの話が頭に浮かんだのです。

遠く離れた場所に住んでいる高齢のお母さんに、手づくりのお惣菜を頻繁に送っていたという話。相手を思う気持ちをそんな風にして伝えることもできるのかと、とても印象的でした。

完成したお煮しめ

自作の蒲鉾

母も姉もつくっていなかったけど、一度はつくってみたかった蒲鉾を自作。改良の余地はかなりありますが、実験みたいでおもしろかった。

地域のつながりを感じる餅つき

そして、お節のほかにも年末に初めて経験したことがありました。12月も残りわずかというある日、お世話になっているご近所さんが主催している餅つきに誘っていただきました。いままでにも声をかけていただいていたのですが、東京に帰省していたので参加できずにいたのです。

餅つき

「左手が無駄な動きしてるよ!」とか、みなさんからご指導を受けながら頑張る夫。ほとんどが初対面の方でしたが、一緒に餅をつきながら、食べながらの交流がとても楽しかった。

つきたてのお餅

みんなでお餅を食べる

うかがったのは、ご近所に住む土屋嘉芽雄さんのご自宅。土屋さんは自ら田んぼで育てたもち米を使い、親戚や友人たちを集めて毎年餅つきをしています。「これがやりたくて餅米つくってるんだよね〜」と豪快に笑うカメ兄さん(と呼ばせていただいています)。

杵をかまえる土屋嘉芽雄さん

左の赤い帽子をかぶっている方が土屋嘉芽雄さん。

納豆と漬物と大根おろしをトッピング

各自が自家製のお漬物を持ち寄り、それをつまんだりお餅にのせたりして食べるのも温かみがあってうれしかった。納豆と漬物と大根おろしをトッピングして醤油をたらり、これが絶品でした。

ラジカセから流れる昭和歌謡曲、みんなで冗談を言い合い笑いながら同じ釜の餅を食らう。餅つきには互いのつながりを確認したり、安心感を得る意味合いがあるのか……と、帰省できなかった状況のなかで、とても感じるものがありました。

女性陣は手慣れた手つき

女性陣は手慣れた手つきで、あんころ餅やのし餅をつくっていきます。

あんころ餅

餅つきに初挑戦

私にとってほぼ初体験の餅つき。「やってみたいです!」と杵を振り上げてみたものの、うまくつけず、次第に餅が固まっていく……という、ど素人な姿に皆大笑い。そんな経験も楽しかった。

今年は、会いたい人に会いに行けますように

迎えた2021年。いつもは別々に正月を過ごしている、下田に移住してきた夫の母も一緒に、家族4人でお節を囲みました。

おせちが並んだ食卓

紅白なます

紅白なますは、母の手伝いをしながら教わった一品。大根はにんじんより細く、太すぎると食べづらく細すぎると歯応えがなくなってしまうと。塩をふってから寒い廊下にひと晩置いておくのが母のやり方。

雑煮

いつもは買ってきたお餅で雑煮をしますが、今年はカメ兄さんにいただいたお餅を。やわらかくて甘くておいしい。

そして、娘とともに着物を着て、近所の神社へ家族でお参りに。実は、この正月、母に私と娘の着物姿を披露したいという思いから昨年、着付けを習い始めたのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。

そのかわりに、神社で撮影した写真をプリントして母に郵送しました。すると、弾んだ声で電話がかかってきて、母はとても喜んでくれて、その母の声を聞いたらようやく気持ちが落ち着きました。叶わなかったこともたくさんあるけれど、初めて気づいたことや初めてできた経験もあったんだと。

着物を着てお参り

黒船来航が描かれた帯

祖母の着物を整理してみると、なんと黒船来航が描かれた帯が。下田がとても好きだった祖母、この帯を見て気に入りすぐに購入したのだそうです(祖母はもう亡くなっており、伯母がそのときのことを教えてくれました)。自分たちがその後、まさか下田に移住するなんて、本当に不思議な縁です。

大晦日には紅白を見て興奮していた娘、きっと心の奥で寂しさを感じながらも母と共にきばってくれました。今年の年越しはどうか、おばあちゃんと孫が会える状況になっていますように。

そのために、ひとりひとりができる限りのことをするしかない。会いたい人に、会いたいときに会いに行ける日が、一日も早く取り戻せるように。

下田のホテルのテーブル席

義母と夫はビールで乾杯

義母と一緒に下田のホテルで正月ランチを。今年は私たちと一緒に過ごし、「たくさんおいしいもの食べて、たくさん楽しい時間を過ごせた」とのこと。

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。