さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第16回は、漫画家の大橋裕之さんによる福岡県の旅。二日酔いの状態から旅は始まり、一路、糸島へ。海を見に行くという目的のなかで、名物を食べ、初めての体験もいくつか。さまざまなものに出会い、旅の醍醐味を感じたようだ。

福岡から糸島への観光ドライブ

2014年5月19日の昼前、ひどい二日酔いの状態で目が覚めた。昨夜、福岡天神のイベントスペースで行われた単行本出版記念イベントの打ち上げでしこたま飲んでしまったので仕方がない。旅の2日目なんて大体そんなものだ。しかし今日は昨夜のイベントを企画してくれた瓜生くんが福岡を観光案内してくれる日。正直一歩も動きたくないし寝ていたいし水以外は何も口にしたくないが、なんとか重い体を引きずってホテルをチェックアウトすると、迎えに来てくれた瓜生くんの車に乗り込み、友人の安増くんをピックアップして3人で糸島に向かった。

どうやら糸島には海があるという。糸島は島なのか? そういえば、なぜ糸島に行くことになったのだろうか。海辺のまち(愛知県蒲郡市)生まれの人間としてはなんとなく旅先の海が見たくなるので、おそらく前日にリクエストを聞かれた僕が、福岡の海が見たいと酔っ払いながら口走ったのだろう。

リクエストしておきながら二日酔いの僕は、道中かなり口数が少なかったと思う。昨夜の締めに安増くんに連れて行かれた〈元祖長浜家〉の濃いとんこつラーメンもかなり効いている。他県から来た人間には〈元祖長浜家〉の味とニオイが強烈過ぎて拒絶されることもあるそうだが、事前情報を聞いていたからなのか酔っ払っていたからなのか、僕はおいしく食べることができた。しかしダメージは残ったみたいだ。

おばあさんに海産物について尋ねてみた

糸島に向かう途中、「むっちゃん万十」のお店に寄った。「むっちゃん万十」とは、ムツゴロウ型をしたかわいらしい鯛焼きのような生地の中に、アンコやカスタードなどが入った福岡人のソウルフードだそうだ。ハムエッグやハンバーグが入ったものもある。申し訳ないが僕は1個すら完食できない状態だったのでひと口だけもらう。うまい。見た目もかわいくて好き。飲み過ぎたことを後悔した。

ふたりがむっちゃん万十を頬張る横で、暇を持て余した僕はお店のテーブルに置いてあった『コロコロコミック』を手に取りパラパラめくる。おそらくコロコロを読むのは30年ぶりぐらいだろうか。おじいさんとタンスが闘うというぶっ飛んだ漫画が載っていてうれしくなる。意識がぼんやりしていたので本当にそんな内容だったのかは怪しいが。

店を出てしばらく車を走らせていると、ようやく海沿いに出た。ここが糸島か。糸島は島ではなかった。驚くほど綺麗な青い海と空。平日の昼間だからなのか人けもなく、二日酔いの状態もあいまって白昼夢のような光景に見えた。

堤防の至るところに海産物らしき黒いものがいくつも干してある。「あれ何を干してるのかな?」「何でしょうね、聞いてみますか」堤防で地元住民と思しきおばあさんがその海産物らしきものを干していたので、車でゆっくり近づき窓を開けて、瓜生くんが『笑ってコラえて!』の「ダーツの旅」取材班よろしく、おばあさんに「すみません〜、これ何を干しているんですか?」と笑顔で尋ねた。おばあさんはこちらを振り向いたが無言だった。再度大きめの声で聞いてみるも完全に無視された。我々はその何ともいえない状況に笑いを堪えながら窓を閉めてゆっくり車を発進させた。おばあさんは何も悪くない。そこまで黒い海産物に興味があったわけでもないのに何となく気になってしまった僕が悪いのだ。いや、別に誰も悪くはない。

そんなことを考えながらしばらく走ると糸島での最終目的地としていた〈工房とったん〉という製塩所に到着した。どうやら「またいちの塩」という塩が使われているプリンが売られているらしい。お店の定番とされている花塩がおいしい「しおをかけてたべるプリン」を買って食べてみると予想を遥かに超えるうまさに驚いた。気づいたら二日酔いは消えていた。

福岡市街へ戻ると、帰りの飛行機まで時間があったので、安増くんオススメのラーメン屋〈未羅来留亭〉でとんこつラーメンを食べたあと、近くにあった福岡ドーム内の〈王貞治ベースボールミュージアム〉に立ち寄るもまさかの休館日。せっかくなので入り口にあった王貞治の写真の横で記念撮影した。ちなみに僕は野球にまったく興味がない。興味がないからこそ行ってみるのが旅の醍醐味でもある。

飛行機に乗る

瓜生くんが空港まで送ってくれたとき、僕はとても重苦しい気持ちになっていた。なぜなら今から1時間後には34歳(当時)にして人生初の飛行機に乗らなければならないからだ。

糸島ドライブの最中は飛行機に乗る恐怖を無意識的に忘れていた。行きは大阪を経由したので新幹線で福岡まで来たが、東京に直行するには飛行機のほうが安いのだ。格安航空券の格安さを憎んだ。空港のロビーで瓜生くんにお礼替わりの似顔絵を描いてあげてからお別れをして飛行機に乗り込んだ。

初めての飛行機で事故に遭うことも可能性としてなくはない。それが自分かもしれない。昔、『ひとつ屋根の下』だったか何かのドラマで、江口洋介が飛行機が怖くて離陸直前にパニックになり、客室乗務員さんに飛ぶのを止めてほしいと泣きついていたシーンがあったのだが、今は気持ちがわかる。

隣の席の幼い子どもたちがおとなしく座席に着いているのを見るとさすがに情けなくなり、平静を装いながら離陸を待った。乗客みんな笑顔で当たり前のように乗ってるんだから大丈夫だよな、新幹線と同じようなもんだよなと心を落ち着かせていると、機体は無情にも滑走を始め、轟音とともに僕は初めて空を飛んだ。普通に怖かった。

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Hiroyuki Ohashi 大橋裕之

漫画家。1980年生まれ。愛知県蒲郡市出身。代表作に『太郎は水になりたかった』『シティライツ』『音楽』『ゾッキA,B』などがある。現在、『トーチweb』『TV Bros.』『EYESCREAM』などで連載中。アニメーション映画『音楽』Blu-ray&DVD発売中。2021年春、映画『ゾッキ』全国公開予定。

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Hiroyuki Ohashi

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