酎ハイ街道。その名がつけられているのは、東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅と京成線八広駅を結ぶ、鐘ヶ淵通りを中心に広がる一帯。そこにはなぜか酎ハイの名店が揃い、酎ハイを愛する人々が集まってきます。さあ、酎ハイの聖地へ、いざ。

●東京下町でいただく今宵の酎ハイは…… 1杯で2度おいしい! 老舗大衆酒場の焼酎ハイボール

今回紹介するのは東京・墨田区の〈十一屋〉。下町の風情が残る、昭和の思い出が残る、というよりも、歴史の証人や文化財? とも感じる建物。活気あふれるまちなかではなく、静かな住宅街の夜。ほのかな明かりが中から漏れている風景だけで、ちょっと幻想的な物語の登場人物になったよう。

古さとポップさが同居した不思議な外観。路地にほのかな明かりが漏れる姿はちょっと幻想的。

古さとポップさが同居した不思議な外観。路地にほのかな明かりが漏れる姿はちょっと幻想的。

大衆酒場や酎ハイという言葉が、ぱっと頭には浮かんでこないたたずまいですが、中に入れば、もちろんそこは、私たちが愛する酒場の世界。ただし、酒と肴を楽しんでいるうちに、あれ? もしかしたらやはりなにかの物語の中にいるのかも……なんていう心地よい迷宮にはまりこんでいきそうです。

映画のロケに使われそうな内観。古い建物ながら、その魅力を損なわないリフォームもありきれいに整っています。のれんの向こうに棟続きのお好み焼き・もんじゃ屋があります。

映画のロケに使われそうな内観。古い建物ながら、その魅力を損なわないリフォームもありきれいに整っています。のれんの向こうに棟続きのお好み焼き・もんじゃ屋があります。

バラバラに見えて不思議な統一感。メニュー札もなんだか作品のよう。

バラバラに見えて不思議な統一感。メニュー札もなんだか作品のよう。

まずは最初の一杯といきましょう。もちろん酎ハイからですが、こちらの楽しみは、いわゆる「味変」。通常の酎ハイと、あるものを加えるバージョンがあります。まずは通常の酎ハイ〈焼酎ハイボール〉から。コクのあるまろやかさで、飲んだ時に、冷涼感と飲みごたえのバランスがいい。エキスはおそらくオーソドックスな梅系なのかと思うのですが、カウンターに立つ3代目のマスターに聞けば、「それが、先代しか知らないんですよ」と笑顔を浮かべながらの回答。

すっとしたたたずまいの〈焼酎ハイボール〉(310円)。レモンは少量ながら皮の苦みが心地よいアクセントに。

すっとしたたたずまいの〈焼酎ハイボール〉(310円)。レモンは少量ながら皮の苦みが心地よいアクセントに。

自慢の酎ハイはいわば変わらぬ伝統の象徴。昔からこの店を愛してくださる常連客への贈り物であり、はじめましてのお客様にも、この店が長く続いている理由を、味わっていただくものでもあるのでしょうか。

もうひとつの酎ハイも、愛されてきた歴史の象徴。各テーブルにひとつずつ置いてある白い粉に注目。これを酎ハイに振り入れると……シャープな酸味で一気にリフレッシュ。最後まで酸味が続き、酎ハイの味も締まる。その日の疲れがすーっと抜けていくような感覚に。実はこの粉は「クエン酸」。疲労回復に良いと言われているクエン酸を、酎ハイに入れるというアイデアも先代のもの。

クエン酸が始まったきっかけは先代の「お客様の健康のため」という気持ちから。酸味が最後まで続き、飲み味はさっぱり。

クエン酸が始まったきっかけは先代の「お客様の健康のため」という気持ちから。酸味が最後まで続き、飲み味はさっぱり。

さて、酎ハイを味わいながらメニューへと目を移すと、居酒屋の定番にとどまらず、本格的な和洋中に加えてさらに家庭料理、独身男子のアイデア料理かと思うもの、そして高級料理店のまかないというような、とてもいい意味でつかみどころがないラインアップがずらり。ならばそれにのっかり、こちらも好奇心の赴くままに、〈刺盛り〉と〈カレー味マカロニサラダ〉という統一感のない注文。でもこれを酎ハイ(まずはクエン酸なしバージョンで)が、見事にまるっと取り持ってくれるのだから不思議です。

本日の刺盛りは、マグロの赤身、ホタテ、タチウオ、ヒラメ。その時の仕入れ、魚により1220円〜。

本日の刺盛りは、マグロの赤身、ホタテ、タチウオ、ヒラメ。その時の仕入れ、魚により1220円〜。

〈十一屋〉名物のひとつ〈ねぎまぐろ〉(610円)。マグロとたっぷりのネギ、大葉、わさびで細巻風にアレンジ。

〈十一屋〉名物のひとつ〈ねぎまぐろ〉(610円)。マグロとたっぷりのネギ、大葉、わさびで細巻風にアレンジ。

〈カレー味マカロニサラダ〉(410円)は、家庭のなつかしさと最近のデリっぽい感じ、両方が楽しめるおもしろくておいしいつまみ。タルタルのコクと酎ハイの相性もいい。

〈カレー味マカロニサラダ〉(410円)は、家庭のなつかしさと最近のデリっぽい感じ、両方が楽しめるおもしろくておいしいつまみ。タルタルのコクと酎ハイの相性もいい。

〈(かに入り)クリームコロッケ〉(2個460円)は、サクっとした食感と熱々なクリームがちょうどよくからみます。深みとまるみのスタンダード、酸味がビシッと来るクエン酸、どちらの酎ハイとも合わせたくなるひと皿です。

〈(かに入り)クリームコロッケ〉(2個460円)は、サクっとした食感と熱々なクリームがちょうどよくからみます。深みとまるみのスタンダード、酸味がビシッと来るクエン酸、どちらの酎ハイとも合わせたくなるひと皿です。

それにしても、ツッコミどころというか、興味深いというか、メニュー、造作、マスターの所作など、ひと口酎ハイを飲んで、顔を上げて見渡せば、気になることばかりが目に入ってきます。

例えばメニュー札の刺身に書き添えられている「あぶらあり」という文字。マスターに聞けばなるほどと感心。「赤身だけがお好きという方もいらっしゃって、こちらの魚は結構脂がのってますよ、とお知らせするものです」脂がのっている魚よりも、さっぱりとさわやかな風味を好む方も多いようで、そちら目線の表記に、お店の成り立ちや気持ちが伝わります。

カウンター前に並んだ大皿。料理自慢で居心地のいい居酒屋ということが伝わります。

カウンター前に並んだ大皿。料理自慢で居心地のいい居酒屋ということが伝わります。

カウンターはおひとりでくつろがれる人も、常連同士でゆっくりと飲まれる人も心地よいスペース。

カウンターはおひとりでくつろがれる人も、常連同士でゆっくりと飲まれる人も心地よいスペース。

それにしても、この歴史の証人のような古い建物と、アイデア満載のメニューの数々、最初は違和感だったものが、次第に自然なものに感じられてきます。居心地の良さと、さらなる好奇心で、またひとつ、またひとつと肴が進みます。というところでマスターに、今まで抱いていた違和感を素直に伝えると、納得のエピソードが。

「もともと、祖父が茨城から出てきて、近くで酒屋の角打ちを始めました。それから昭和12年にこの建物で商売を始めたんです」

最初は、つまみはくるみせんべいだけ、というシンプルな商売。でも、いろいろなものを提供したいという、アイデアや心遣いは持っていたのでしょう。それは2代目、3代目の歩みを見れば自然と伝わります。酎ハイ街道の名酒場として知られる〈十一屋〉には、もうひとつの顔があります。先代から続くお好み焼き屋、もんじゃ屋です。棟続きの2軒、「もんじゃの前に1杯とつまみといった感じで、同じ店ではしごされる方もいらっしゃいます」この楽しみ方はそそられます。

マスターの所作やバリエーション豊富なメニュー、その裏側も聞けました。「もともとフレンチで働いていて、すし屋でのバイト経験もあります」と、そもそも料理の世界は目指していたものの「ただ実家であるここを継ぐというのは頭にはなかったんです」

フレンチの技と発想に、すし屋での経験、なによりもこの店で生まれ育ったという歩み。腕と心と血から生まれるひと皿。どうぞ、ゆっくり味わって。

フレンチの技と発想に、すし屋での経験、なによりもこの店で生まれ育ったという歩み。腕と心と血から生まれるひと皿。どうぞ、ゆっくり味わって。

それが変わったのはある思い。「調理場という箱の中で働いていると、お客様の顔が見えない。例えばなにか料理や酒を残されたとしますと、それがどういう理由で残されたのか、できれば顔を見て理由を知りたい」

もやもやとする日々。ホールスタッフからのまた聞きではなく、直接味わっている方の表情を見たい。そうか、カウンターがあるこの場所があるじゃないか。料理人としての所作と、幸せな表情を見たいという思い。不思議のひとつがここで解決。

「お客様の顔を見て料理がしたかった」という3代目。バリエーション豊かな料理も、喜んでいただきたいという気持ちの表れなのでしょう。

「お客様の顔を見て料理がしたかった」という3代目。バリエーション豊かな料理も、喜んでいただきたいという気持ちの表れなのでしょう。

マスターのセンスと腕が光る肴や料理、物語のようなたたずまい。その裏側にある思い、歴史を感じながらいただく、酎ハイ、そして、クエン酸入り。しんみりではなく、笑顔で。ひとりでも、店の様子を眺め、飲み、眺め……が楽しい。そんな酒場でした。

では、次の物語を求めて酎ハイ街道へと、また迷い込みましょう。

●酎ハイ街道の味と灯りと人情を、家で味わう幸せ タカラ 「焼酎ハイボール」 〈ドライ〉

ガツンときて、ウマい! も実感。飲みごたえも存分。それが下町スタイル。東京・下町生まれの元祖チューハイ(焼酎ハイボール)の味わいを追求。キレ味と爽快感、ガツンとくる喜びを強炭酸、甘味料ゼロのテイストで、うまみと飲みごたえは、宝ならではの焼酎と、7%という絶妙なアルコール度数で。下町の大衆酒場で愛されるスタイルだからいろいろな肴にぴったり。糖質ゼロ、プリン体ゼロもうれしい一缶です。今宵は〈十一屋〉さんのスタイルを真似て、レモンスライスをオン。

information

十一屋

住所:東京都墨田区墨田3-23-17

TEL:03-3611-4881

営業時間:17:00〜23:30(緊急事態宣言中は16:00〜20:00)

定休日:水曜

※取材は非常事態宣言前の11月下旬に行われました。営業時間の詳細に関してはお店にお問い合わせください。

writer profile

Daiji Iwase

岩瀬大二

いわせ・だいじ●国内外1,000人以上のインタビューを通して行きついたのは、「すべての人生がロードムーヴィーでロックアルバム」。現在、「お酒の向こう側の物語」「酒のある場での心地よいドラマ作り」「世の中をプロレス視点でおもしろくすること」にさらに深く傾倒中。シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長。シャンパーニュ騎士団認定オフィシエ。「アカデミー・デュ・ヴァン」講師。日本ワイン専門WEBマガジン『vinetree MAGAZINE』企画・執筆

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撮影:黒川ひろみ