SWAY DESIGN vol.6

石川県を拠点に、住宅・オフィス・店舗のリノベーション、不動産の有効活用を提案する不動産事業などを展開する、〈SWAY DESIGN〉永井菜緒さんの連載です。

今回は、石川県能美市の精神科・心療内科クリニックのご紹介です。元は依頼者の母が営んでいた美容院。数年の空白期間を経て、施主自らが運営するクリニック〈ユトリヒト診療所〉へと生まれ変わりました。

空き物件の活用相談からスタート

依頼者Tさんとの接点は「母が経営していた元美容院の建物を賃貸に出したい」というご相談から生まれました。

この建物があるのは、石川県能美市。「行政の空き家バンクに登録したものの反応が弱く、このままでは劣化が進むだけ。どうしたらよいでしょう」というお話でした。

空き家バンクや不動産屋へ売却or賃貸の依頼をしたあと、所有者ができることは、反応を待つのみ。立地や条件のよい建物であれば、早い段階で問い合わせが重なり、購入や賃貸に進むケースがあります。

しかし、アクセスの悪い郊外にあったり、そのままでは使えない状態の物件は、数か月経っても問い合わせがゼロということも。そんな場合はどうすればよいのでしょうか。

外観ビフォー。空き家状態となってしばらく放置。内外ともに劣化が進んでいた。

外観ビフォー。空き家状態となってしばらく放置。内外ともに劣化が進んでいた。

空き物件問題。持ち主と借り手の「需要」と「利害」を一致させる

まずは前提として、一般的な空き物件のマッチングについて考えていきます。

物件所有者と借りたいor買いたい人のマッチングには、「需要の一致」と「利害の一致」という2段階のステップがあります。

まず「需要の一致」については、誰かに使ってほしいと募集している所有者と、買いたい借りたいと物件を探している買い手(借り手)がいるということ。

立地やエリアが悪かったり、状態が悪かったり、値段が高すぎる物件では、なかなか問い合わせが入りません。

コストがネックとなっている場合は、値下げすれば問い合わせがくる可能性もありますが、土地や建物の金額以前にそもそも需要がない地域では、値下げや情報を広く公開することが、成約にいたる必要条件ではなさそうです。実はvol.1の〈SWAY DESIGN〉のオフィス兼そば屋も同様でした。

「無料でもいいから手放したい」という人向けに、1円や100円で物件の売買を行う不動産サービスもいくつかあります。ただ、土地建物は無料でも、契約手続きの費用や、所有後にかかる税金や維持費を考えると、誰かが必ず引き取ってくれる状況にはならない。

“あるもの”を適切なかたちで生かすにはどうすればよいか。その手段はまだまだ模索が必要だと感じています。

なかなか一致しない、所有者と借り手の「利害」

続いて「利害の一致」。借りたい、買いたい人が出てきても、所有者と要望が一致しないことがたびたび起こります。

所有者側には、以下のような要望があります。

・資産として、納得のいく金額にしたい

・長年使って愛着があるので、なるべくそのまま使ってほしい

・権利の都合で、期間限定で貸したい、売ることはできない

・お仏壇や荷物があり、部分的に使用禁止区域を設けたい

など。借り手側の思惑もさまざまです。

・より安く買いたい、借りたい

・劣化している箇所は、所有者側の負担で直してほしい

・賃貸の場合は、長期で契約したい

・退去時に元の状態に戻す必要があるか否か(現状復旧の有無)

など。これらの条件がはじめからすべて一致することは、なかなかありません。双方の意見の折り合いをどうつけるか。どちらかに過剰な負担がかからないよう、じっくり交渉しながら条件整理をすることが重要です。

元美容室の解体前の内部の様子。雨漏りなどはあるものの、基礎の状態は良好。

元美容室の解体前の内部の様子。雨漏りなどはあるものの、基礎の状態は良好。

依頼者が独立してクリニックを開業。テナントへの入居を検討

今回の物件では、当初はオーナーであるTさんが、能美市が運営する空き家バンクに掲載し、借り手の募集を行っていました。しかし、ここは住宅街でもなく、金沢市のような観光地でもなく、テナント需要が少ない地域。たとえ値下げしても、この地域では難しいと判断。

こうして空き家バンクでは借り手を見つけることができないまま、時間が過ぎていきました。

石川県能美市の空き家バンクサイト。売買・賃貸の検索が可能。

石川県能美市の空き家バンクサイト。売買・賃貸の検索が可能。

保留のまま4年ほどの月日が経った頃、再びTさんからお問い合わせをいただきました。

Tさんは精神科医。勤務する病院を退職して、開業を検討しており、良さそうな物件を見つけたとのこと。所有している元美容室の物件では、エリア、建物規模、構造など、クリニック開業のベースとしてイメージがつきにくく、テナントへの入居を検討することになったようです。

さっそく候補テナントの内見に同行させていただくことになりました。

その物件の規模は十分で、立地も駐車場の確保もできて、動線計画もしやすい癖のない建物。実際にプランを何パターンも起こしながら、物件の妥当性の検証を進め、平面計画、外観の見せ方、設備の状況、法的対応など要件整理を終えました。

しかし「ここで進めましょう」となった段階で、また次の課題が発生しました。物件の契約形態について、賃貸か売買か、双方の要望が一致せず、検討の結果、この建物での計画は中止することに。

当初計画していたテナント内部。広さも立地も良かったが、契約面の折り合いがつかず、計画地の変更を行う。

当初計画していたテナント内部。広さも立地も良かったが、契約面の折り合いがつかず、計画地の変更を行う。

ただ、ここまでの作業がゼロに戻るかというと、そうではありません。何度も重ねた打ち合わせによって、やりたいことやタスクの重要度など、検討事項が明確になっていきました。

店舗や住宅の計画では、打ち合わせを重ねるにつれて当初の要望が変わっていくことが多くありますが、その理由は、プランの過程で新たな領域を知り、それをまた調べたり理解するなかで、求めることがより広域に、かつブラッシュアップされていくからです。

ある程度進んだ段階でプランがひっくり返ることもありますが、それも必要な過程。

そこまで進める前に気づけなかったのか、と考えることもありますが、思考の過程を一緒に歩み、施主自身が納得して自分なりの答えを見つけてもらうことが重要。それを導く過程で、最短距離を選ぶのが正解とも限りません。この条件不成立による物件変更は、より良いものをつくるための必要な過程でした。

再びご相談。所有物件の活用に向けて

そして少し時間が経った頃、再びTさんからご連絡をいただきます。自身が所有する物件でクリニックを開業したいというご相談でした。空き家バンクに登録しても借り手がつかず、以前にSWAY DESIGNに相談をいただいた、あの元美容院の物件です。お隣の車庫があった敷地が購入できることになり、駐車場問題が解消されたことで、再度活用の検討を行ったとのこと。

解体直後の様子。雨漏りや壁面内部の劣化調査を行う。

解体直後の様子。雨漏りや壁面内部の劣化調査を行う。

長い間空き家で、雨漏りや外壁の劣化が激しく、修繕にはある程度の費用がかかる。でも以前に頓挫したテナント計画にかかる初期費用と比較すれば、ローコスト。

そのまま貸すには賃料が取りにくく、ある程度修繕して貸す場合は、その投資への回収が長期化してしまう、という建物。自ら利用するならば、テナント物件への費用投下と比較することで、過剰な投資ではないと判断し、「ここで進めましょう」となったのでした。

そうと決まってしまえば、過去にヒアリングを重ねてきたので計画はさくさくと進みます。

精神科という診療内容の性質上、居心地の良さを感じてほしい。いわゆる“病院らしさ”は避けたい、というお話もあり、素材や色使いをサンプルを組み合わせながら確認していきました。

調査の結果を踏まえ、断熱材やサッシなどの交換も行った。

調査の結果を踏まえ、断熱材やサッシなどの交換も行った。

解体後に現れた梁に化粧を施し、天井の高さを上げる。

解体後に現れた梁に化粧を施し、天井の高さを上げる。

〈ユトリヒト診療所〉の完成

「SWAY DESIGNの得意なテイストは?」とよく聞かれますが、和風や洋風、無機質といったジャンルでは分類していません。「その建物、その施主だからこそ実現できるもの」「ほかに置き換えがきかないもの」を重要視しているので、結果として現れるテイストは都度異なります。

今回も同様で、「建物の形状や特性、そこで行われるサービスなど、施主の求めるものを最大限に伝えるにはどうあるべきか」を考えて、色や素材、形状を決めていきました。

中央のふたつのドアは診察室と処置室へつながる。

中央のふたつのドアは診察室と処置室へつながる。

受付カウンター。使い勝手を考慮し、引き分け戸で待ち合いスペースと区画している。

受付カウンター。使い勝手を考慮し、引き分け戸で待ち合いスペースと区画している。

診察室。緊張感を和らげ話しやすい雰囲気となるよう、色使いや素材に配慮した。

診察室。緊張感を和らげ話しやすい雰囲気となるよう、色使いや素材に配慮した。

設計事務所の領域を考える

自己所有の空き家活用の相談から始まり、数年の時を経て設計の相談となった今回の計画。借り手が見つからなかった建物を、所有者自らが活用することになりました。

「どの場所で何をやるか」が決まったうえで、「どうつくるか」が設計事務所の請負範囲だと思われがちですが、今回は「いまあるものをどのように使うか」という段階から考えることになりました。

本件のように依頼者のために何かをつくるだけでなく、改修後も依頼者が所有したまま誰かに場所を提供することも可能です。つまり、必ず依頼者=使用者になる必要はありません。

使う人に対しての需要をどう生み出すか。その見込みが非常に低い場合はどうするか。設計やデザインだけでなく、設計以前の不動産の流通にもまたがる領域について、設計者が応えられる幅をどう拡張していくか。そんなことを考えさせられた計画となりました。

〈ユトリヒト診療所〉外観。

〈ユトリヒト診療所〉外観。

次回は、ほとんどが空き部屋だったマンションを丸ごとリノベーションし、店舗併用のマンションにした事例をご紹介します。

information

精神科・心療内科 ユトリヒト診療所

住所:石川県能美市中ノ江町は76番地

Web:精神科・心療内科 ユトリヒト診療所

writer profile

Nao Nagai

永井菜緒

ながい・なお●株式会社SWAY DESIGN代表取締役。1985年石川県生まれ。住宅・オフィス・店舗のリノベーションを手がける傍ら、設計者の視点から物件の価値や課題を整理し、不動産の有効活用を提案する不動産事業を運営。解体コンサルティングサービス「賛否、解体」、中古物件買取再販サービス「よいチョイス」の事業を展開。