伊豆下田に移住して、大きく変わったことのひとつが食生活、という津留崎徹花さん。昨年食べたおいしいものを写真で振り返ってみるとあれもおいしかった、これもおいしかった、と記憶が蘇ります。今回は、下田のおいしいもの、たっぷり12か月分ご紹介します!
明けましておめでとうございます。2022年という新たな一年がまた始まりました。今年も連載「暮らしを考える旅」をどうぞよろしくお願いいたします。
この連載が始まって5年以上になるのですが、読み返すといろんな変化を経てきていて感慨深いものがあります。今年はどんな変化があるのかわかりませんが、健やかで平和な一年にしたいと願っています。
話は昨年末にさかのぼりますが、友人たちとこんな話題で盛り上がりました。「今年食べたなかで、一番おいしかったものってなに?」
ある友人は北海道に取材で訪れたときに、漁師さんがとってきたばかりのウニを食べさせてくれて、それが驚くほどおいしかったとか。それぞれのエピソードを聞きながら、そのときの状況や味を想像してみるのが楽しかった。
私はというと「うちの田んぼでとれた新米!」と答えたのですが、正直なところ1年分の記憶があまりない……特に上半期ともなると。
ということで、あらためて撮りためた写真1年分を見返してみました。すると、あれもおいしいかった、これもおいしかった! と、忘れていた記憶が蘇ります。印象に残ったものをリストアップしてみると、東京で暮らしていたときとはかなり違っていることに気づきました。
今回はわが家の日常の食卓で印象に残った「美味」を、月ごとに紹介したいと思います。
1月 下田の風物詩、はんば良質な漁場に恵まれた下田。漁獲高全国1位を誇る金目鯛が有名ですが、そのほか貝類や海藻なども豊富に採れます。
わが家の食卓の変化でいうと、東京ではあまり食べなかった海藻を下田に来てからは頻繁に食べるようになりました。というのは、ありがたいことに、漁師さんや海女さんにいただくようになったからです。
この時期にいち早く口開け(漁の解禁)する海藻が、「はんば」。加工されたはんばが店先に並び始めると、「あ、またこの季節が巡ってきたんだな」とうれしくなるような、地元では欠かせない存在です。
「大丈夫なのだろうか……」とこちらが心配するような高波が接近する瞬間もあるのですが、波の動きを読みながら止まってはまた進む。長年培ってきた経験がなせる技です。
岩場はとても滑りやすく、私は何度も転びそうに……。しっかりとした足どりで突き進む海女さんの後ろ姿、すてきです。
はんばは波の荒い岩場に付着しています。冷たい海風にさらされながら専用の道具でひとつずつ摘み取ります。
摘んできたはんばを水で何度も洗い、さらに混入した石やゴミをひとつずつ手で取り除きます。その後、型に流し入れて成形し、数日間天日干しに。
炊きたてのご飯にはんばをのせ、醤油をたらり。海の香りがぎゅっと凝縮されています。
1月の終わりから少しずつ開花し始める桜。海と桜の共演はこの土地ならではです。
漁師さんから「ヒラメがあるんですけど、食べますか?」との連絡。銛で身を突いてしまい、傷がついてしまったので売り物にならないとのこと。「ぜひ!」ということでうかがうと、その場で捌いて刺身にしてくれました。
身が分厚い立派なヒラメは、漁師さんの手により透き通るような美しいお造りに。お醤油と生ワサビでいただいたあと、オリーブオイルと塩と柚子を絞ってみると、それもまた美味。白ワインとともに。
ある日SNSを見ていたら、ご近所でお世話になっている方が「ふきのとうを摘みました」という投稿をしていました。私は山菜が大好物で、「どこで摘めるのですか?」と前のめりなメッセージを送ると、ご親切にも案内してくださることに。
かごいっぱいのふきのとうを摘み、天ぷらとふき味噌で堪能。東京に住んでいた頃は「2パック買うとけっこうなお値段よね……」と躊躇したこともありました。心ゆくまで味わえるなんて至福です。
ごま油と砂糖、味噌とほんの少しの醤油で調味。東京で購入していたふきのとうと比べて苦味が強いので、水にさらしてから炒めています。
ふき味噌はご飯のお供にもお酒のつまみにももってこい。おにぎりもおいしかった。
3月 香り豊かな天然ワカメと、とれたてピチピチのサバ春の訪れとともに、下田で出回り始めるのがワカメです。
ワカメには養殖されたものと天然のものがあり、養殖のほうが柔らかいのですが、歯応えがあって香りが豊かな天然モノのほうが地元では好まれているようです。とれたてのワカメをその日のうちにしゃぶしゃぶでいただく、というのが地元ならではの食べ方。
というのも、ワカメは比較的傷みが早いので、とれてから数日しかこの生ワカメのしゃぶしゃぶを味わうことができないのです。
「あぁ、やっぱりおいしいね〜」と夫が幸せそうな表情を浮かべるのが、ここ数年の恒例となっています。
箱メガネを使って覗き込み、自作の道具で海底のワカメを刈り取る漁師さん。
茶褐色のワカメをお湯にくぐらせると鮮やかな緑色に。ポン酢でいただきます。
また、この時期に漁師さんからいただくのがピッチピチのサバです。
正直、下田に住むまでサバは生臭みがあるイメージであまり得意ではなかったのですが、とれたてのサバのおいしいことおいしいこと!塩焼きやフライ、みりん干しやコンフィも最高です。いまでは「あぁ、サバ食べたい……」というくらいトリコに。
ローズマリーやニンニク、胡椒などを入れオリーブオイルでコンフィに。パンに挟んでサンドウィッチにしたり、オイルごと使用したパスタにも。
下田は海だけではなく、深い山にも囲まれた土地。山にはイノシシやシカなども生息していて、全国的に問題となっている獣害も年々深刻化しています。
知人も田畑の被害を防ぐために罠を仕掛けているのですが、そこにイノシシやシカがかかると夫も解体を手伝い、その肉を持って帰ってきてくれます。
この日はシカのお肉をありがたくいただきました。罠にかかるまで野山で自然に育つ植物を食べて生きていたシカのお肉は、まったく臭みがなく、上質な肉の味わいだけが感じられます。
特に背ロースという部位は驚くほど柔らかく溶けるようで、透明感のなかに甘みが感じられる。感動的な味わいでした。
塩で調味して焼くだけ。それぞれの部位の違った味わいや、旨みをダイレクトに感じられるシンプルな食べ方。
かたくて食べにくい部位はミンチにしてミートソースに。すっきりっとしたなかに旨みだけがギュッと凝縮された味わいです。
こちらはイノシシをミンチにしてつくった餃子。羊肉の焼き小籠包のような味わい、うんまい。
5月 畑でとれたばかりの野菜地元の漁師さんや海女さんのなかには、野菜も自身の畑でつくっている方が多くいらっしゃいます。お世話になっている漁師さんや海女さんにとれたての野菜をいただくことも。
「なんでこんなにおいしいんだろう……」と繰り返しつぶやいてしまうほど、なんだかおいしい。とれたてということもあるでしょうし、同じ野菜にしても生命力の強さが感じられ、畑でそのままバリバリ食べてしまうことも。
しかしながら、私たちよりずっと年上の方々なのに私よりはるかにタフ。海のものも山のものも自給自足している知恵と体力、見習いたいものです(すでに体力に自信ないのですが)。
この水菜もすごくおいしくて、ウサギのごとく畑でそのままバクバクいただいてしまいました。
ある日、バイクで田んぼに向かっていたら急にエンストしてしまい、何度試してもエンジンがかからない。困り果てていたところ、ちょうど目の前の八百屋のご主人がバイクで帰ってきたので相談してみると、さすがバイク歴が長い! あれこれ試してエンジンをかけてくれました。
助けていただいたお礼に何か購入させてもらおうと店先をのぞくと、青梅がたくさん。ちょうど梅干し用の梅を買いたかったので、バイクに乗せられるだけいっぱいいただいていくことに。
「追熟(青い梅を黄色く熟すまで保管すること)がなかなかうまくいかないんです」と話すと、青梅でもおいしくできるよとご主人。梅干しのつくり方としては完熟梅が王道ではあるのですが、ご主人がそう言うならと、青梅で仕込んでみました。
仕上がった青梅の梅干しはというと、フレッシュ感というのか、かなり酸っぱい! これはこれで好きな方もいると思うのですが、完熟梅に慣れていると少々食べづらい。
ならばと試しにと蜂蜜につけて数日放置していると、梅から水分が出ていい感じに蜂蜜と混ざり合ってきた。ひと口食べてみると、酸味と蜂蜜の甘みがベストマッチ!滲み出た汁ソーダで割ったら、これまた最高。バイクを故障したことで初めて知った、青梅と蜂蜜のマッチングでした。
友人が、親戚にとてもすてきなご家族がいるので紹介してくださるとのこと。ぜひお願いします! ということで、ご自宅にうかがいました。
リビングにおじゃまするとご馳走がずらり! マグロや金目鯛やサンマのお寿司、サザエにアワビなどなど、思わず「ワー!」と歓声をあげてしまうほど。
お料理はどれもすばらしくおいしかったのですが、こうして地元の方と一緒に食卓を囲んだり、つながることができるるのが何よりうれしくて。印象に残る、とても温かい時間でした。
海女でもある友人が、その日にとってきてくれたサザエを刺身と壺焼きでいただきました。
ニナ貝という小さな貝の塩茹で。爪楊枝や針で身を取り出して食べるのですが、貝の旨みと甘みがあってあと引くお味。日本酒にのあてにぴったりです。
8月 下田ならではの、贅沢かき氷とところてん今年の夏、わが家で流行したのがところてんとかき氷。ところてんは地元の漁師さんからいただいた天草を煮出して固め、それを角切りにしてきな粉と黒蜜をかけて食べる。つるんとしたのど越し、透明感、これがおいしくておいしくて。
同じく天草を煮出してあんことまぜ、水羊羹も自作。さっぱりとした上品なお味、「こんなの家でつくれるのか!」と夫もとても気に入り、毎日食べていました。
下田でとれる天草は粘り気がありとても良質だそうです。赤く広がっているのが天草で、こうして天日干しにします。
さらに今年はかき氷機を導入しました。冷凍庫で保存していたキウイやイチゴでシロップをつくったり、いただいたスイカをジュースにして凍らせたスイカ100%のかき氷など。お店ではなかなか食べることのできない贅沢なかき氷で、暑気払い。
スイカ100%のかき氷、これは絶品でした!
南伊豆の冷凍のイチゴと、夫が職場の養蜂場でとってきてくれて冷凍しておいたキウイで、シロップをつくりました。個人的にはこの甘酸っぱいキウイシロップはかなりヒット。
冷凍イチゴでシロップを仕込む。地元果物のシロップがあまりにおいしかったので、旬の果物をいまからコツコツ冷凍しています。
友人の漁師さんがふらっとわが家に現れ、「はい」とくれたのがアワビ。また別の漁師さんもサザエを届けに来てくれたり。
以前、漁に同行させていただいたことがあり、波の荒い場所で素潜り漁を行うことがいかに難しく体力的にもしんどいか、目の前で見ています。というのもあるし、わが家のことを思い出してくれてわざわざ届けてくれた、その気持ちがとてもうれしかったのです。
移住した当初はできなかったサザエのお刺身も、おかげさまでだいぶ慣れてきました。大好物、サザエの刺身。
アワビの殻に肝とお酒を入れて火にかける。これをチビチビつまみながら、キリッと冷えた日本酒を。
息を止めて一気に海底まで潜り、アワビやサザエなどをとる漁師さん。自分が一緒に潜ってみると、いかにしんどいか、難しいか痛感します……。
5月に植えた稲が無事に育ち、待ちに待った稲刈りの日がやってきました。たくさんの友人たちが手伝ってくれたおかげで、作業は午前中でほぼ終了しました。
その後、稲架にかけられた稲を眺めながらみんなでカレーライスを食べたのですが、これがすばらしかった。田んぼの作業で困るといつも助けてくださるご夫婦がいらっしゃるのですが、そのご夫婦が羽釜でご飯を炊いてくださり。さらに、友人が仕込んでくれたカレーをかけてみんなで食べました。
同じ田んぼの中でみんなで汗を流し、達成感と疲労感を味わいながらみんなで同じ釜の飯を食う。これって最高の贅沢かもしれない。
2週間ほど天日干しをしたのちに脱穀、籾摺り、精米を経て、ようやくわが家に迎え入れた新米。さてそのお味は? とひと口。甘い、深い、おいしいー!
新居のリノベもいよいよ大詰めに(古民家を購入してセルフリノベーションしました)。仕事との両立でもうヘトヘトだよ……ってことで、夕飯もかなりいい加減に。おいしいものを食べたいけど、つくる余力がないのです。
そんなとき、友人の漁師さんより「お魚食べます?」との連絡が。正直、お魚は食べたいけれど自分で捌く気力はない……というのを察してくれたのか、「刺身にしておきますよ」と。
カンパチと鯵のお刺身と、たたき。脂がのっていておいしい〜。疲れた体がゆるむ。
また別の日に、夫が知り合いの方からブダイをいただきました。「……ごめん、私、捌く元気ない……」と夫にパスしたものの、夫だって疲れ果てている……。
そんなところに、突如現れたのが料理人の友人、なんというタイミング! ありがたいことに、わが家の台所でブダイを美しい刺身にしてくれました。
ブダイは身がかたいとのこので、友人が薄くおろしてくれました、美しい〜。淡白でしっかりした歯応えのブダイ、ゆずと塩で食べるのも好き。
12月 舟盛りサプライズ新居の工事を終え、なんとか引っ越しを完了したその夜。引っ越し作業を手伝ってくれた友人がお祝いにと、舟盛りを届けてくれました。
実は引っ越し作業がとても大変で、疲労困憊……。ファーストフードすら買いに行く余力もない……くらいのところにこんなサプライズ! 思わず涙ぐんでしまったのでした。
あれもこれも紹介したいものがまだまだたくさんある、というほど下田は本当に豊かな土地です。そして、こうして見返してみると、どの料理も単に「どこの店の何というメニュー」というのではなく、何かしら友人や知人たちが関わっているということに気づいて驚きました。
誰かがとってきてくれたり育ててくれたり、捌いてくれたり。誰かの気持ちが込められたものだったり。東京で暮らしていた頃とはずいぶん暮らしが変わったのだなぁと、あらためて感じています。
みんなの支えがあってのわが家の暮らし、本当に感謝です。米づくりにしても普段のわが家の食卓にしても、やっぱり人とのつながりが楽しい。そう感じたわが家の食暦でした。
文 津留崎徹花
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。