下田のピザ店〈FermenCo.〉がおいしい!

下田にオープンして話題のピザ店〈FermenCo.〉に行ってみた徹花さん。一度食べてみて、その味に病みつきになったようです。店主夫妻に話を聞いてみると、なかなかおもしろい経歴を辿った移住者でした。ふたりからは軽やかで、人生を楽しんでいる様を感じたようです。

移住者が始めたピザ屋さん

友人たちのあいだで最近話題になっていたのが、下田に新しくオープンしたピザ屋さんのこと。「入田浜にできたピザ屋さん行った? すごくおいしかったよ〜」と。それはぜひ食べてみたいということで出かけてみました。すると、うーん、実においしい!小麦の自然な甘味が感じられるやさしい生地に、その風味を損なわない上品なトッピングが絶妙に絡み合う。食べた翌日にもふとその味わいが思い起こされ、「あぁ、今日もあのピザ食べたいなぁ」と思ったほどでした。

〈FermenCo.〉こだわりのピザ窯

イタリアから輸入したこだわりのピザ窯。庫内で薪を焚き、400度以上の高温で焼き上げるのがおいしいピザの条件なのだそう。

焼きたてのピザ

モッツアレラチーズとフレッシュトマトのピザ

水牛のモッツアレラチーズと南伊豆のフレッシュトマトを使ったピザは、トマトの酸味と上質なチーズの香りがたまらない。

ピザのおいしさもさることながら、お店のロケーションがまたすばらしいのです。下田の海水浴場のなかでも抜群の透明度を誇る入田浜。その入田浜のすぐ目の前という恵まれた立地で、店内からは青い海が一望できます。

海が一望できる〈FermenCo.〉の店内

入田浜まで徒歩、数秒。店内はシンプルながら洗練されていて、とても居心地のいい空間です。

〈FermenCo.(フェルメンコ)〉を営むのは、東京から移住されてきた佐々木健人さんと沙織さんご夫妻です。なんと、昨年の4月に下田で開業することを決めて6月に引っ越し、7月にお店をオープンさせたという急展開。さらに、健人さんはもともと東京でDJとして活躍されていました。都会のど真ん中でDJをしていた方が、どうして下田でピザ屋を?同じ移住者としても気になり、お話をうかがってみました。

もともと食べることが好きだった健人さん、DJの仕事で世界各地を回っていたことも重なり、さらに食文化に興味を抱くようになったそうです。なかでも健人さんにとって特別な存在だったのがピザ。

「ピザは丸くて見た目が華やかで、みんなでシェアできて。ほかにはない特別な食べ物だという感じがしていて」

焼きあがったピザを窯から取り出す様子

サワードウという酵母で開けたピザづくり

もともと好きだったピザを、ご自身が焼き始めたのは4年前のことです。東京に庭つきの自宅を建てたことがきっかけで、試しに庭でピザを焼いてみることに。今の〈FermenCo.〉からは想像がつきませんが、初めてのピザは魚グリルで焼いてみたそうです。発酵も焼き加減もまったくうまくいかず失敗、自分がイメージするおいしいピザにはほど遠いものに仕上がりました。その後何度もトライしてみるもなかなかうまくいかず、それがとても悔しかったのだそうです。「どうしたらおいしいピザが焼けるのだろうか……」と研究を重ね、まずは小さな薪釜を購入して庭に設置。さらに発酵をうながすための酵母「サワードウ」をやり始めてみると、香りが高く格段においしいピザが焼けたのです。

容器に入った自家製のサワードウ

お店で使用している自家製のサワードウ。サワードウとは小麦粉と水を発酵させて起こす酵母のことで、古代エジプトの時代にもこのサワードウを利用してパンを焼いていたといわれています。

発酵させ丸めた生地が並んでいる

サワードウの力でゆっくり時間をかけて発酵させた生地。これが〈FermenCo.〉の大きな特徴で、小麦の香りと甘みが感じられ、体にすっと馴染むようなさっぱりとした味わい。

このサワードウとの出合いが健人さんのピザ熱をさらに加速させ、DJの仕事の合間にひたすらピザを試作する日々が始まりました。「今日もまたピザ? もう食べられないよー! っていうほど当時はピザを焼いていましたね」と沙織さんは笑います。そのうち、「いつかピザ屋をやってみたい」という気持ちを抱くほど、健人さんはピザの世界にのめり込んでいきました。

「いつかピザ屋をやりたいと思っていたんですけど、コロナによってそれが早まったんですよね」

DJの仕事は深夜から朝まで、年齢的にもいずれ違う仕事をしようと思っていたのだそうです。けれど、新型コロナ感染によってご自身でも予測できなかった流れになります。

DJプレイ中の佐々木健人さん

DJの仕事を始めたのは20歳の頃。DJKENTとして全国や海外を回るなど、幅広く活躍されてきた方です。(写真提供:佐々木さん)

予定していた健人さんのイベントなどは軒並み中止に。エステティシャンだった沙織さんも、仕事ができない状況になってしまったのです。

富良野のトマトづくりで感じたこととは?

そんなおふたりのところへ、沙織さんのお兄さんから連絡が入ります。沙織さんのお兄さんは北海道の富良野でトマト栽培をしている農家さん。働き手が足りないから、手伝いに来ないかという誘いでした。考えていても仕方ない、とにかく行ってみようということで北海道へ旅立ちます。

畑の前に立つ佐々木さん夫妻

富良野で働いていたときの写真。仕事はとてもきつかったけれど、目の前に広がる大自然の美しさに感動する日々だったそうです。(写真提供:佐々木さん)

実際に働いてみるとトマト農家の作業は、想像をはるかに超える重労働でした。9000本のトマトの苗木、北海道とはいえ真夏のハウス内は40度超え。「あれは本当にきつかったよね……」と、お互いの目を見つめながら当時を思い出すおふたり。けれど、その経験が実は下田での開業にもつながっていくのです。それはまたのちほど書かせていただきます。

〈FermenCo.〉で出されるナチュラルワイン

〈FermenCo.〉ではピザとともにナチュラルワインを楽しむことができます。ワインのセレクトを担当する沙織さんは、大のナチュラルワイン好き。沙織さんが自信をもっておすすめするワインを、ピザとともにぜひ。

北海道滞在中、これからどういう暮らしをしていくかご夫婦で何度も話し合ったそうです。実は、生産者側としての苦労を経験したことで、新たな意識も芽生え始めていました。食べ物をつくることの苦労、そしてでき上がったトマトや農作物が驚くほどおいしいこと。自分たちが身をもって感じたそうしたことを、いろんな人に伝えたい。「俺はやっぱりピザ屋をやってみたい」と、健人さんの思いは固まり始めていました。

東京に戻ったおふたりを待ち受けていたのはなんと、駅前にできたシェアキッチン。シェアキッチンというのは開業をしてみたい人が短期的に借りられる店舗です。北海道に発つときにはなかったシェアキッチンが、帰京したタイミングで目の前に現れたのです。「これはもう、やれってことだよねって直感的に思いました」と沙織さん。そうして初めて自分たちのお店〈FermenCo.〉を持つことになったのです。

シェアキッチンで働く佐々木さん夫妻

シェアキッチンで〈FermenCo.〉をオープンしていた頃の写真。5か月間の営業を経て、下田に転居しました。(写真提供:佐々木さん)

シェアキッチンから下田へ、店舗との出合い

シェアキッチンを始めて数か月、リピーターも徐々に増えて手応えが感じられたといいます。そうしていよいよ店舗を持とうと決意し、都内で物件を探し始めたのですがなかなか出合えない。ところが、そんなおふたりのところにまたまたターニングポイントとなる連絡が入るのです。友人がSNSに〈FermenCo.〉のことを投稿したところ、それを見た現店舗(下田の店舗)の大家さんから連絡が。下田で空いている物件があるので、お店をやってみませんか?と。健人さんは今までに何度か下田を訪れたことがあり、美しい海に惹かれていたそうです。とりあえず物件を見てみようと、下田に行ってみることに。

入田浜の風景

入田浜は白砂と青い海が広がるとても美しいビーチ。夏には海水浴客で賑わいます。

空き家物件に足を運んでみると、海がすぐ目の前という絶好のロケーション。修繕や改装が必要だけれど、いい店舗になると感じたそうです。とはいえ東京で開業するつもりでいたし、自宅を新築したばかり……。しかも知り合いのいない土地で新たな事業を始めるというのは、なかなか勇気のいる決断です。

「未来を想像したとき、東京でこのまま続けていくのと下田のこの物件でやるのとどっちに心が動く? って話したのを覚えています」と沙織さん。そして健人さんはとひと言、「下田だね」と。

店内の椅子に座る妻の沙織さんとお子さん

実はこのとき沙織さんは妊娠4か月、期待と不安が入り混じっていたそうです。けれど、健人さんから真剣な思いが伝わってきたことや、自分自身も下田での生活を想像してワクワクした気持ちが湧き上がってきたこと。そして、自分たちなら何があってもどうにかなると思えたのだそうです。

それはあの、トマト農家の経験を経たからでした。「あの厳しい作業をやり切ったことは、自分たちにとって本当に大きな経験でした。この先どんなことがあっても自分たちなら乗り越えられる、そう思えるようになったんですよね」と健人さん。

「全力でやってみて、失敗したらまたやり直せばいいじゃないか! って思えたんですよね」と沙織さん。農家で過ごした時間が、夫婦の絆を深めたのだそうです。

壁に描かれた〈FermenCo.〉のロゴ

屋号の〈FermenCo.〉は健人さんが考えたもの。〈FermenCo.〉にとって重要な意味をもつ発酵=fermentationと組織=companyを組み合わせた造語。

店内のスピーカー

DJというお仕事をされていた健人さん。お店でかける音楽やスピーカーにもこだわっています。音も含め、五感で楽しんでもらいたいと健人さん。

地元生産者さんの素材をふんだんに使う

北海道の経験で得たものはほかにもあります。生産者さんに対する想いが深まったことも、今のお店のスタイルにつながっているのです。ピザに使う材料のなかには、地元の生産者さんから直接仕入れているものがあります。

どんな風につくられていてどんな苦労があるのか、それを自分たちが直接現地で見て知ることで食材の扱い方も提供の仕方も変わる。それは自ずとお客さんにも伝わるはずです。

「下田は身近につくり手さんがたくさんいて、すばらしい食材に恵まれた土地だと感じています。これからもっと勉強して、地元のおいしいものを提供できたらと思っています」

勉強することが山ほどある、それがすごく楽しいのだそう。サワードウの生地にしても、その日の温度や湿度でまったく違うものに仕上がるといいます。火の入り方や時間によって食感もかたさも変わるので毎回課題が見えてくる。

「これで終わりという完成形がなくて、そこがおもしろいんです」と健人さん。

焼く前のビスマルク。生卵がのっている。

ビスマルクというピザに使用している卵は、下田の生産者さん〈farm1987〉のもの。南米チリ原産のアローカナという鶏を山の奥で放し飼いにして育てています。

焼きあがったビスマルク

ビスマルクのトッピングはモッツアレラとハム、マッシュルームと卵、そしてトリュフオイルがアクセントに。

〈FermenCo.〉のオープンから少し落ち着いてきたいま。健人さんは下田の生活を軸にして、DJとしての仕事も少しずつ再開しているそうです。DJとピザ屋、まったく違うように感じていたのですが実は共通点があるそう。

「DJにもピザ屋にもブースがあって、どちらもブースの中からお客さんが喜んでいるのを見ることができるんです」

ただ、DJで健人さんが扱ってきたのはアンダーグラウンドな音楽で、ごく限られたマニアックな層が相手。一方ピザはお年寄りから子供までみんな喜んでくれる、それがとても新鮮ですと表情を緩めます。

開業後、ご夫婦のあいだには元気な男の子、創楽くんが生まれました。沙織さんは創楽くんを抱っこしながらお店に立ち、時には厨房の奥のゆりかごですやすやと寝ている姿も見受けられます。「息子も含めて、家族とずっと一緒にいられるのが僕にとってはすごくうれしいことです」と健人さん。

キッチンに立つ佐々木さんご家族3人

ピザを焼き始めたのが4年前のこと。その後、コロナ禍の影響でトマト農家を経験。さらに、たまたま目の前に現れたシェアキッチンでピザ屋を開店。そして今、東京ではなく下田の青い海を目の前にピザを焼いている佐々木さんご夫婦。

たとえば家を建ててしまったからとか、知らない土地で開業するなんて自分には無理だろうとか。きっと、いくらでも止める理由は思いついたはずです。

けれど、失敗したらやり直せばいい、何があってもきっと乗り越えられるはずという思いを胸に、自分たちの直感を信じて行動してきた佐々木さんご夫婦。その姿はとても軽やかで、自然な流れに身を委ねているようにも感じられます。

「10年20年先のことはわかりません。とにかく、目の前のことを一生懸命やってみたいです」

そんな風に人生を楽しんでいる佐々木さんご夫婦の姿を見ていたら、ふとこんなことが頭に浮かびました。あたりまえのことだけれど、人生は自分たちで選択できる、そして人生は一回きりなんだ。don’t think, feel!

お店から海を眺める沙織さんと創楽くん

information

フェルメンコ

住所:静岡県下田市吉佐美348-37

TEL:0558-36-3643 

定休日:月・火曜(7月〜9月は火曜)

Web:FermenCo.

Instagram:@fermenco.pizza

文 津留崎徹花

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。