4年前に北海道に移住した井出千種です。

179市町村のなかから暮らしたい場所を探した結果、豊かな自然があふれる森と湖の温泉郷、道東の弟子屈町に辿り着いた。

しかし、それまで特別自然について詳しいわけでなかったのに、どうして惹かれたのか? 心地よさの理由は何か?自分でもまだ完全に理解できているわけではない。

そこで、弟子屈に住む「自然とともに暮らす先達」に話を聞き、弟子屈の自然の魅力を伝え、理解を深めるとともに、魅力を紹介する連載を始めることになった。

第1回は、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんの話を聞きに森に入った。

新緑が美しい和琴半島で見つけた草木コレクション

阿寒摩周国立公園の中、屈斜路湖に突き出た和琴半島。一周約2.5キロに及ぶ森の散策路では、天然記念物に指定されている和琴ミンミンゼミをはじめ、希少な動植物を観察することができる。

日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)

日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)

6月の初め、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんに案内してもらった。

「新緑がきれいで、花がモリモリ咲いていて、なのに虫はまだ少ない。この時期の和琴半島は、自然のエネルギーが満ち溢れている。週1ペースで歩いています」

長い冬を乗り越えて、草木も、動物も、人間も、「頑張るぞ!」と気合を入れているのだ。

カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。

カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。

「これはカツラ。同じ木なのに、形が違う葉っぱがついている。根元のほうは、春の葉っぱ。初夏になると、先が少し尖った夏の葉っぱが出てくる。不思議ですよね」

散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。

散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。

大木の下にたくさん落ちている房を拾って、「これはクルミの花の成れの果て(笑)。花粉がいっぱい出ているから、雄花です」

次から次へ、草木の名前と、どんな特徴を持っているのかを教えてくれる。

葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。

葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。

「この葉の形。ある内臓の形に似てません? そう、腎臓。だから、ジンヨウイチヤクソウという名前がついている。あと1週間もすれば、たくさんの花が開きますよ」

和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。

和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。

同じ場所で観察を続けること

片瀬さんのガイドは、「へぇ〜」の連続だ。いつもは何気なく眺めていた森の中に、こんなにもたくさんの知識が隠されているのかと驚く。同世代の女子だったら、植物博士のような片瀬さんのこと、きっと好きになってしまうだろうな。

色づいているのが、ハウチワカエデの種子。和琴半島の東側にはカエデの木が多い。「紅葉のピークと初雪の日が被るときがあって、真っ赤になった葉の上に雪が載る。めちゃくちゃきれいです」と片瀬さん。

色づいているのが、ハウチワカエデの種子。和琴半島の東側にはカエデの木が多い。「紅葉のピークと初雪の日が被るときがあって、真っ赤になった葉の上に雪が載る。めちゃくちゃきれいです」と片瀬さん。

「これはハウチワカエデの種子。もう少し成熟したらふたつに割れて、プロペラみたいにくるくる回って落ちるんです」

そう言ってひとつを投げて、その様子を見せてくれる。

「できるだけ遠くに飛んで、繁殖地を少しでも広げるようとしているんです」

散策中、片瀬さんが「将来有望ないい子」と目をつけたイタヤカエデの赤ちゃん。「大きくなったら、いい樹液を出してくれそうで(笑)」

散策中、片瀬さんが「将来有望ないい子」と目をつけたイタヤカエデの赤ちゃん。「大きくなったら、いい樹液を出してくれそうで(笑)」

草花だけでなく樹木だって、芽が出て、蕾になって、花が咲いて、実になって、というサイクルを繰り返している。そんな当たり前のことに気づかされて、楽しくなってくる。普段は山に登って高山植物の花ばかり追いかけている私には、とても新鮮だ。

散策路の中間地点、和琴半島の先端には『オヤコツ地獄』と呼ばれる温泉がある。地熱の影響から、ミンミンゼミが生息するなど、この地ならではの自然がある。

散策路の中間地点、和琴半島の先端には『オヤコツ地獄』と呼ばれる温泉がある。地熱の影響から、ミンミンゼミが生息するなど、この地ならではの自然がある。

「季節の移ろいは早いので、アンテナを張っていないと、あっという間に花は終わってしまいます。だけど花だけでなく、その前の蕾や咲いた後の変化を見るのもおもしろい。そして次はどうなるのかがわかり始めると、また行ってみたくなる。森の中には、何回訪ねても新しい発見があるんです」

同じ場所で観察を続けること。これこそが自然の醍醐味なのだと、片瀬さんは教えてくれる。だから自然の中に暮らす。片瀬さんの家は、屈斜路湖畔の森のログハウス。

北海道道52号線(屈斜路摩周湖畔線)沿いに建つ、片瀬さんのログハウス。

北海道道52号線(屈斜路摩周湖畔線)沿いに建つ、片瀬さんのログハウス。

「家の前、道の向こうが湖畔なので、何もないときは、そこでぼけ〜っと佇んでいるんです。気づくと『やべぇ、もう2時間経っている』とか、よくあることで……(笑)」

佇む時間は、好きだけどもったいないからと、自然の音を収録した動画を、HPで紹介している。題して『湖畔の森の自然音』。

この場所で佇むのが、片瀬さん至福のとき。「湖の青がいちばんきれいなのは、氷が溶ける瞬間。氷が砕けてくる隙間から見える屈斜路ブルー、めっちゃきれいですよ」

この場所で佇むのが、片瀬さん至福のとき。「湖の青がいちばんきれいなのは、氷が溶ける瞬間。氷が砕けてくる隙間から見える屈斜路ブルー、めっちゃきれいですよ」

たとえば湖のさざ波が、シャパン、シャパンと延々と続いている。『湖の波音でリラックスする2時間』とか、『波音と虫の音で月を眺める1時間30分』とか、etc。

「いちばんよく視聴されているのは、真冬に収録した氷の音。寄せ氷のガシャガシャする音や、全面結氷する前に氷が軋む音を聞ける機会なんてなかなかないですからね」

真冬の湖畔に佇みながら収録した『打ち寄せる氷の音でリラックスする1時間22分』。

独学のメープルシロップ〈春の雫〉

4年前から、春はメープルシロップをつくるようになった。

「庭にあるイタヤカエデとハウチワカエデの樹液でもできると知って、独学で」

年々改良を重ねて、今年は生産本数100本を超えた。

2種のカエデの樹液を混ぜることでオリジナルの風味が楽しめる、メープルシロップ〈春の雫〉。「Golden」と「Dark」がある。HPで販売中。(写真提供:Shinobu Katase)

2種のカエデの樹液を混ぜることでオリジナルの風味が楽しめる、メープルシロップ〈春の雫〉。「Golden」と「Dark」がある。HPで販売中。(写真提供:Shinobu Katase)

「偶然の発見に出合える場所が好き」という片瀬さんのフィールドは、和琴半島や屈斜路湖をはじめ、摩周湖、硫黄山、藻琴山、西別岳とそれらを取り囲むたくさんの森。

こちらは和琴半島の対岸にある藻琴山。霧に包まれているダケカンバの森の写真。(写真提供:Shinobu Katase)

こちらは和琴半島の対岸にある藻琴山。霧に包まれているダケカンバの森の写真。(写真提供:Shinobu Katase)

「火山と湖がある弟子屈町の自然は、バリエーションに富んでいる。その魅力は、何といっても『気軽に行けること』。身近な場所に、人を惹きつける自然が広がっているんです」

10年以上もこの地を観察してきた片瀬さんが、彼なりの視点で、その日その時間に感じた自然を伝える。これが、片瀬さんの自然ガイドとしてのコンセプトだ。

片瀬さん夫妻。妻の亜美さんは、〈川湯ビジターセンター〉で自然解説員として活躍中。

片瀬さん夫妻。妻の亜美さんは、〈川湯ビジターセンター〉で自然解説員として活躍中。

私が森の中で暮らし始めてから、1年が経った。草木の名前を覚えようと、アプリや図鑑を睨み続けてきたけれど……「どういう風に森を見たらいいのか、どう感じたらいいのか。自然に接する機会が少ない人ほど、難しいんじゃないでしょうか」という片瀬さんの言葉にドキッとする。

和琴半島には、樹齢数百年にもなるカツラの巨木もある。

和琴半島には、樹齢数百年にもなるカツラの巨木もある。

「森の見方がわかったら、いろんな場所で自然に触れてみたくなる。都会の公園に行ったって、こんな木があったんだ、こんな花が咲いていたんだ、と見え方が違ってきますよ」

さらには、「日々の変化が意識できるようになれば、自然に対する思いや行動も変わってくる気がします」と締めくくった。

森の中に移り住むということは、一年365日、小さな変化に驚きながら暮らすこと。そんな贅沢がここにある。

profile

SHINOBU KATASE 片瀬志誠

かたせ・しのぶ●自然ガイド、写真家、メープルシロップ作り人。1986年8月15日、静岡県出身。2010年に北海道弟子屈町に移住。春から秋は散策や登山、冬はスノーシューで弟子屈町近郊の自然を案内している。一年を通して手がけている、摩周湖の星空ガイドも好評。

Web:片瀬自然ガイド事務所

twitter:@shinobu_katase

※和琴半島ガイドウォークは1.5時間より。詳細はHPにて。

writer profile

Chigusa Ide

井出千種

いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。