加賀藩前田家御典医屋敷跡に、老舗ジャズバーあり

音楽好きのコロンボとカルロスがリスニングバーを探すツアーのスタート地に選んだのは、石川県金沢市。

コロンボ(以下、コロ): 音楽はどんな系列が好きなの?

カルロス(以下、カル): ひと通り聴いてきたけど、クラブシーンがベースかな。でも「GOLDに間に合わなかった世代」の典型で、ちと忸怩たるものがあるんだ。

コロ: ボクもカウンタカルチャーが炸裂した「レイト60’sムーブメントに間に合わなかった世代」。洋楽を聴き始めたときはすでに『ラバーソウル』はリリースされていたし、ウッドストックだって終わっていた。涙。でも、音楽は最高の酒のつまみだから、レコードバーにはよく行く。間に合わなかったことへの復讐かもね。

カル: いま金沢がベースなんだけど、東京や湘南に住んでいた時代からボクもミュージックバーみたいなところを探してたね。たしかに「音楽は最高の酒のつまみ」だけど、お酒が強くないボクには、コーヒーのお茶請けでもあるよ。ソフトドリンクでも大丈夫なお店があるとうれしい。

大テーブル席とカウンターに分かれる店内、カウンターまわりはジャズを感じさせる。

大テーブル席とカウンターに分かれる店内、カウンターまわりはジャズを感じさせる。

コロ: 金沢って町はジャズが浸透しているみたいだけど、実際のところどうなの?

カル: 〈金沢ジャズストリート〉ってイベントがあって、このときは金沢駅から片町まで、まちかどライブがあったり、ホールライブがあったりでジャズ一色。今年も9月17〜19日に予定しているんだ。となりの野々市市にはニューヨークを意識した〈BIG APPPLE in Nonoichi〉とかもあるし。

コロ: 1973年にマイルス・デイビスが金沢にやってきて、その30年を記念したイベントとかもあったようですね。〈穆然〉(ぼくねん)のマスターが言っていた。

裏通りにぽつねんと佇む怪しいネオンがお店にいざなう。

裏通りにぽつねんと佇む怪しいネオンがお店にいざなう。

やや敷居の高いエントランス。〈穆然〉のネーミングはマスターの父の俳号から。

やや敷居の高いエントランス。〈穆然〉のネーミングはマスターの父の俳号から。

前田家御典医屋敷跡にある樹齢400年近い松の木。以前、ここは有名な料亭があったのだとか。

前田家御典医屋敷跡にある樹齢400年近い松の木。以前、ここは有名な料亭があったのだとか。

 

カル: 〈穆然〉いいよね。1992年に開店したジャズバーの老舗。前田家の御典医屋敷だったところにあって、アプローチがいいんだよね。

コロ: こんなとこにジャズバーって感じ。ネオンなんかも怪しいし、タイムスリップ感がある。入口のところにある松は樹齢400年近いんだって。

カル: ちょっと入りづらいけど、入ってしまえばこっちのもの。ジャズバーにありがちな排他的な緊張感がないのもいいよね。

ジャズとカレー、そして最高のオーディオ

コロ: そもそもはジャズ好きなマスターが始めたんだけど、今はレコードとお酒はママが担当して、マスターは料理と、役割分担はちょっと変わっている。どうやらマスターはお気に入りを何度も聴き込むタイプらしいけど、ママは幅広く聴いているから、今ではどの棚にどのレコードがあるかは、ママのほうが詳しいらしいんだ。でもレコードを女性がかけていると意地悪なオーディオマニアにいじめられたりするんだって。

マスターの愛聴盤はセロニアス・モンク『Thelonious Himself』。

マスターの愛聴盤はセロニアス・モンク『Thelonious Himself』。

選曲、レコードとお酒の担当はもっぱらママ。ジャズ好きのマスターは料理に専念。

選曲、レコードとお酒の担当はもっぱらママ。ジャズ好きのマスターは料理に専念。

 

創業以来人気の〈キーマカレー〉900円。ポタージュ風〈穆然カレー〉や〈牛すじカレー〉などもあり。

創業以来人気の〈キーマカレー〉。ポタージュ風〈穆然カレー〉や〈牛すじカレー〉などもあり。

カル: それはひどい。マスターのつくるカレー目当てにくるお客さんもいるんでしょ。ジャズとカレー。

コロ: 昼間はカレー狙いのお客さんがほとんどなんだって。もちろん夜もオーダーが多くて、つまみとして食べるお客さんも多いそう。

カル: 夜に飲みに行ったときは、ビル・エバンスの『The Solo Sessions Vol.1』がかかっていたんだけど、とにかく音の立体感にびっくり。

閉店際の締めの1枚。ビル・エバンス『BILL EVANS THE SOLO SESSIONS VOLUME 1』が『蛍の光』代わり。

閉店際の締めの1枚。ビル・エバンス『BILL EVANS THE SOLO SESSIONS VOLUME 1』が『蛍の光』代わり。

コロ: スピーカーはJBL4350Bを改造した4WAYマルチ+1(スーパーツイーター)。パワーアンプ4台とプリアンプ1台とスーパーツイーター用にプリメインが1台で鳴らしているんだって。それでもコンクリート打ちっぱなしの洞窟みたいなスペースとの整合性が合わなくて、酒棚にくぼみをつけたり、棒を入れたり、反射音を抑えるため、壁に有孔ボードを貼ったり、しまいにはカップ&ソーサーの間に紙を挟んだり、涙ぐましいまでに追求しているみたい。

オーディオ的なスウィートスポットの席がここ。段ボールで作ったS席のサインが。

オーディオ的なスウィートスポットの席がここ。段ボールで作ったS席のサインが。

カスタムベースで凝りに凝ったオーディオシステム。音場の立体感はまさにそこで演奏しているかのよう。

カスタムベースで凝りに凝ったオーディオシステム。音場の立体感はまさにそこで演奏しているかのよう。

 

カル: 真空管のフォノイコライザーをモノーラル構成で特注したりして、機材もこだわりにこだわっているんでしょ。

コロ: それでもマスターは「いっておきますが、僕はオーディオマニアじゃないです」と。

カル: 十分、マニアな気がするけど(笑)。

コロ: でも、いいこと言うんだよ。「若いときから音楽が好きだったけど、今ではそのミュージシャンのほとんどが死んじゃって、レコードで聴くしかない。だから、とにかくいい音で聴きたいから工夫するんだ」って。

カル: いい話。この店、山田詠美さんの小説の舞台になっているんだよ。北國新聞に載った(2021年10月30日号)「ぼくねんじん」という短編。金沢に単身赴任した妻子ある上司と逢瀬を繰り返す話なの。〈穆然〉でタンカレーのジントニックをオーダーして、ビル・エバンスの「Peace Piece」(『EVERYBODY DIGS収録) を聴く。結末は切ないんだけどね。物語にはママも登場するんだ。

コロ: ママが言ってたけど、お客さんがレコードを持ち込むこともよくあるみたい。亡くなったご主人のものを寄贈してくれた方もいるらしい。

カル: いい話。また行きたくなっちゃったな。

山田詠美さんの短編に出てくる「Peace Piece」が入ったビル・エバンスの『EVERYBODY DIGS』。

山田詠美さんの短編に出てくる「Peace Piece」が入ったビル・エバンスの『EVERYBODY DIGS』。

お店のピークは21時ごろ。最近はレコードを知らない人もいて「レコードって裏もあるんだ」ってお客さんいるとか。

お店のピークは21時ごろ。最近はレコードを知らない人もいて「レコードって裏もあるんだ」ってお客さんいるとか。

 

information

Jazz Spot 穆然(ぼくねん)

住所:石川県金沢市尾山町6-22 尾山町Zig 1F

営業時間:(火〜金曜)11:30〜14:00、17:00〜23:00  (土・日・祝)11:30〜23:00

定休日:月曜

Web:Jazz Spot 穆然

備考:喫煙可能店として、登録されています。

 

【SOUND SYSTEM】

Speaker:JBL4350B(改造)+ JBL UT-045Be

Pri Amp:HOVLAND HP100

Power Amp:ATC P-1(Bass)、ATC SPA2-150(Mid Bass&Mid)、ATC P-1 PRO(High)、Unison Research Unico-P(JBL UT-045Be用)

Turn Table:EMT-930(改造)

その他秘密機器多数。

旅人

コロンボ

音楽は最高のつまみだと、レコードバーに足しげく通うロックおやじ。レイト60’sをギリギリのところで逃し、青春のど真ん中がAORと、ちとチャラい音楽嗜好だが継続は力なりと聴き続ける。

旅人

カルロス

現場としての〈GOLD〉には間に合わなかった世代だが、それなりの時間を〈YELLOW〉で過ごした音楽現場主義者。音楽を最高の共感&社交ツールとして、最近ではミュージックバーをディグる日々。

writer profile

Akihiro Furuya

古谷昭弘

フルヤ・アキヒロ●編集者『BRUTUS』『Casa BRUTUS』など雑誌を中心に活動。5年前にまわりにそそのかされて真空管アンプを手に入れて以来、レコードの熱が再燃。リマスターブームにも踊らされ、音楽マーケットではいいカモといえる。

credit

photographer:深水敬介

illustrator:横山寛多