「あの壁に描きたい!」そのひと言から始まった

地域の閉校した中学校で、2020年にこの地に移住した画家・MAYA MAXXさんの展覧会『みんなとMAYA MAXX展』を7月中旬から月末まで2週間開催した。展覧会の撤収をした翌日、休む間もなくMAYAさんは、次のプロジェクトをスタートさせた。

プロジェクトの舞台は、美流渡(みると)地区から車で10分ほどまちのほうへと向かった志文(しぶん)地区にある食品メーカー〈モリタン〉の巨大な冷凍庫。全長100メートル、高さ10メートルにもなるこの建物の壁面に絵を描くことになった。

きっかけとなったのは昨年のこと。私が代表を務める地域団体が、旧美流渡中学校のさまざまな活用の窓口となったことだ。閉校して3年。この地域は豪雪地帯であることから、1階の窓すべてに雪除けの板が貼られており、それらが人気のなくなった場所であることをありありと感じさせていた。地域の人たちからも、閉鎖されて寂しいという声があがっていた。そんななかで、MAYAさんがあるとき「ここに絵を描いてみよう」と提案してくれた。

中学校と同時に閉校した、隣接する小学校の校舎も合わせて、窓板は45枚以上。地域の人々の手を借りながら、MAYAさんは約3か月間絵を描き続けた。窓板の絵が仕上がったあとには、校舎の向かいに建つ〈安国寺(あんこくじ)〉にも絵を設置。お寺ということで、涅槃図(ねはんず、釈迦が入滅する様子を描いた絵)を思わせるクマが描かれた。

2021年、旧美流渡中学校の窓板にMAYAさんは絵を描いた。

2021年、旧美流渡中学校の窓板にMAYAさんは絵を描いた。

安国寺に設置されたクマの涅槃図。

安国寺に設置されたクマの涅槃図。

こうした制作の様子を日々見つめていた人がいた。それがモリタンの平井章裕(ひらい あきひろ)社長だった。モリタンは、岩見沢の美流渡地区と志文地区に加工センターを持っていて、社長はその2か所を行き来する車中から、校舎の制作を見守っていた。当初は校舎の敷地のみのプロジェクトかと思っていたところ、お寺に絵が設置されたのを見て「モリタンにも絵を描いてもらいたい」と考え、私たちに連絡をしてくれた。

モリタンの平井社長(右)。

モリタンの平井社長(右)。

社長は当初、敷地内に看板のようなものを設置し、そこに絵を描いてもらおうと考えていた。しかし、打ち合わせの席でMAYAさんは思いがけない提案をした。

「敷地が広いので看板を立ててもそんなに目立たないと思います。冷凍庫の壁に大きなクマの絵を描きたい」

高さが10メートルにもなる壁に描くとなると、これは大きなプロジェクトだ。その場で、すぐには了承が得られないのではないかと思ったが、この提案に対して社長は具体的な方策を考えてくれた。

「倉庫の土台は、土が盛られているので足場を組むのは難しそうだな」

打ち合わせから1か月ほど経った昨年末、社長から「足場を組むとなるとかなり大がかりになることから、高所作業車をレンタルして進めたい」という提案があった。そして、自ら高所作業車の技能講習を受けてくれることになった。

高所作業車。「ブーム」と呼ばれる部分が伸びて、高い位置での作業が可能になる。

高所作業車。「ブーム」と呼ばれる部分が伸びて、高い位置での作業が可能になる。

社長は高所恐怖症。オペレーションはできるのか?

モリタンは北海道の素材を使った業務用のコロッケなどの調理品や水産加工品などを製造し、年商は100億円以上。従業員はパートをふくめ約450名。北海道の食品メーカーとしては指折りの大手。多忙を極めているのではないかと思う社長が自ら動いてくれることになって、その意気込みが本当にうれしかった。

プロジェクトは今年の6月に行う予定となり、事前の打ち合わせの日。会議室に入ると社長が浮かない顔をしていた。予定がかなり詰まってしまって、高所作業車のオペレーションをする時間が思うように取れないとのことだった。そしてポツリと……

「実は高所恐怖症で……」

今年の春先、高所作業車の技能講習を受けに行ったそうだが、講習の前日に「自分は高所恐怖症だった」と気づいたという。

「それまでは、このプロジェクトを進めるためには何がなんでも技能講習を受けなければならないという思いが先に立っていて」

技能講習で高所にあがり、とても怖い思いをしたと語った。多忙ばかりが浮かない顔の原因でなかったことがわかったが、いずれにしても社長にオペレーションをしてもらうしか方法はなく、具体的な日程調整を行っていった。

初日、高いところは平気なMAYAさん。社長は終始無口なまま作業を進める。

初日、高いところは平気なMAYAさん。社長は終始無口なまま作業を進める。

北海道は例年、梅雨がないが、今年は雨の多い年となり、6月の制作は延期。比較的天気が安定している8月に取り組むこととなった。8月2日、初めての作業の日。社長はやはり浮かない顔をしていて、口数も少なかった。描くのは大きなクマの顔。10メートルの高さがあるので、直径8メートルほどの楕円形となる予定。まずは顔の輪郭を描くことになった。

社長はおもむろに高所作業車のオペレーションを始めた。まず車体の平行を保ち、それから「ブーム」と呼ばれるアームを地上に下ろして、MAYAさんとふたりで乗り込んだ。そしてブームの角度を変えながら、目的地まで上昇していく。

乗り込んだバケットは大人ふたりがようやく立てるくらいなので、描ける部分はわずか。少し描いたらブームの角度を変えて、次のポイントへと移動しなければならない。私は下でその作業を見守った。下からだと社長の表情はうかがえなかったが、MAYAさんよると5メートル以上あがると恐怖で全身に力が入っているのが伝わってくると語った。

そんななかではあったが、作業はスピーディーに進められた。いちばん私がすごいと思ったのは、下描きをまったくせずに、円の中心となる位置だけを決め、あとはぶっつけ本番で描いていったことだ。私が下で全体を見ながら、「もっと角度をつけたほうがいい」とか「あと30センチ右寄り」と語ると、MAYAさんはそれに合わせてグイッと線を描いていく。絵に近すぎて状況がよくわからないのではないかと思うのだが、勘所はしっかりとつかんでいる様子だった。

2日目の様子。輪郭を描きながら中の赤も塗っていった。

2日目の様子。輪郭を描きながら中の赤も塗っていった。

2日間かかって、ほぼ輪郭ができあがった。少しいびつな楕円形で思ったより大きくなったが(直径9メートルくらい)、それがまた愛らしい感じに思えた。

「左右対称じゃないほうがかわいく見えるよね」とMAYAさん。

輪郭を描きながら中を赤く塗っていった。1度塗りはハケでざっくりと。2度目はスレート用のローラーでみっちりと。壁面はフラットではなく波板。線が途切れ途切れになってしまうので、それが真っ直ぐに見えるように修正しながら、また色がムラにならないように丁寧に塗っていった。

スレート用のローラーで2度塗り。たっぷりペンキをつけるのでかなり重たい!

スレート用のローラーで2度塗り。たっぷりペンキをつけるのでかなり重たい!

耳がいちばんの高所。風でかなり揺れる!

耳がいちばんの高所。風でかなり揺れる!

赤い部分が塗れたら、次は耳、目鼻口を描いていった。MAYAさんはダンボールの端切れに、簡単なスケッチを描いた。

「向かって右の目が少しあがっているような感じで」

このスケッチを見ながら、私はまた下から位置について指示をした。目はいちばん重要なポイント。本当にこれでいいのだろうかとハラハラしながら声をかけていた。

作業4日目。白で目鼻口を描いていった。

 

描いてみて実感した、絵が贈り物だということ

その後、雨などで数日の中断を経た8月10日。終始、口数の少なかった社長も、終わりが見えてきたので明るさを取り戻したようだった。しかし……、最後に壁面のクリーム色のままだった耳の中も白く塗りたいとMAYAさんが語ったとき

「えっ、もう終わりだと思っていたんだけど。またあがりますか、そうですか〜(汗)」

9メートルになる高所に再びあがり、そのあとに白目の部分や鼻などの白いペンキを丁寧に2度塗りして、作業は終了した。この日、一般の方もモリタンの敷地の中に入って絵が見られるような時間を設けた。お昼休みに従業員のみなさんも見にきて「社長がんばって〜!」と手を振っていた。

モリタンの従業員や絵を見に来た地域の人々と完成を祝った。

モリタンの従業員や絵を見に来た地域の人々と完成を祝った。

完成してMAYAさんは「これは隠れないバンクシーのようだね」と笑った。この冷凍庫の背後には〈北海道グリーンランド〉という遊園地があり、観覧車も見える。その前に立つ冷凍庫はこれまで無機質な印象だったが、まったく違う景色が立ち現れた。社長は「社名は入れなくていいですよ」とMAYAさんに語ったという。

「このクマの名前はHOPEくんです。右側からやってきた『希望』の光を見つけた喜びの顔です。社長と私から、岩見沢のみなさんへの希望の贈り物です」

MAYAさんは、絵を見に来たみなさんの前でそう語った。

モリタンの絵が終了してすぐに、MAYAさんは別のプロジェクトを完成させようとしている。このリポートはいずれ書きたいと思うが、現在、校舎のひさしに赤いクマの顔の立体を制作中だ。

同時並行で今年、年3回の開催を予定している『みんなとMAYA MAXX展』の秋の展覧会で飾る新作も描いている。「この1週間、体がだるかったんだよねー」とMAYAさんはいいながらも筆が止まることはない。

この春から制作を続けているクマの顔の立体制作「ビッグベアプロジェクト」。

この春から制作を続けているクマの顔の立体制作「ビッグベアプロジェクト」。

住宅建材に使うスタイロホームを削って丸くし、そこに新聞紙をはり上から樹脂で固め、赤いペンキを塗った。

住宅建材に使うスタイロホームを削って丸くし、そこに新聞紙をはり上から樹脂で固め、赤いペンキを塗った。

「モリタンのクマを描いて、自分がつくっているものは、すべて『贈り物』なんだっていうことが本当に実感できました」

自分が有名になりたいとか、お金を稼ぎたいとか、そういう私利私欲を超えたところにMAYAさんの表現は向かっている。世のなかは感染症の拡大や戦争の勃発、気候変動など閉塞感が漂っているが、そんなときでもモリタンのクマを見ていると、こちらもつい笑顔になるのは、MAYAさんの澄んだ心が投影されているからかもしれない。来年は、クマの周りに子グマを描く予定という(なので、そんなに高所作業にならないはず!)。

9月11日からの『みんなとMAYA MAXX展』に合わせて、ぜひ足を伸ばしてモリタンのクマも見てもらえたらうれしいです。

information

みんなとMAYA MAXX展

会期:2022年9月10日(土)〜25日(日)

会場:旧美流渡中学校(北海道岩見沢市栗沢町美流渡栄町58)

Facebook:『みんなとMAYA MAXX展』

information

モリタン 岩見沢支店・総合食品センター

住所:北海道岩見沢市志文町825-2

*モリタンの敷地内での鑑賞はご遠慮ください。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/