東京から北海道へ移住して、今年で12年目。出版社に毎日出勤していた頃と、暮らしは本当に大きく変わった。
この連載では、仕事、家庭、子育てなどをテーマに北国での生活について書いてきたけれど、なんだか核心部分を伝えきれていないような気がしてならない。それは頭で理解する部分ではなくて、体が反応する部分。それをどうやって書き表したらいいのだろうかと考えていたとき、ふとカバンの中身が思い浮かんだ。東京生活で必需品だったものが消え、予想もしなかったものが加わっていたからだ。
私の住む岩見沢市は豪雪地帯。元旦の夜から降り始めた雪は、4日間断続的に降り続き、胸くらいまで積もった。
こちらに来てから、いつも持ち歩いているのは、A4サイズくらいのサコッシュ。スマートフォンやお財布、手帳は、以前と変わらぬアイテム。そこに新たに加わったのはゴムのグリップつき軍手、ハサミ、懐中電灯、車のキー。
MAYA MAXXさんのクマの絵がプリントされたサコッシュをいつも持ち歩いている。畑仕事をしたり山に入ったりするので、結構汚れている……。
軍手はとにかくよく使う。春から秋にかけて私は庭とともにある。基本的には植物が生えたいように生えてくるのをじっと見つめているだけだが、ほんの少し手をかける。小道の草を整えたり、一角で草花を育てたり。そうした細かな作業のときに軍手は欠かせない。
庭の様子。とくに何もせずとも野の花が咲く。(撮影:佐々木育弥)
仕事をするスペースは窓の近く。すぐに庭に出られる。(撮影:佐々木育弥)
また、家のまわりを歩いていると、山菜や木の実を見つけるので、ここでも軍手が活躍する。さらには、最近、蔓カゴ編みにハマっていて、道すがら木に絡まっている蔓を採ることも。植物の採取には、軍手とともにハサミも使っている。
あらゆるところに素材がある。つい蔓を見つけると編まずにはいられない衝動がわく。
東京にいたときも、公園で落ち葉を拾ったり、クローバーで花の冠をつくったりしていたけれど、その何十倍もの頻度で土や植物を触っている。以前は「自然と触れ合う」というような言葉を使っていたが、今ではその表現は他人行儀な感じがする。家を一歩出ればそこは自然。ときおり私もその一部なんだという思いが溢れてくることがある。
11月、北海道は朝晩、氷点下となる。雪に覆われる前のいっとき、植物が凍って朝日に輝く姿は本当に美しい。
懐中電灯に助けられてまさか、こんなものが必需品になると思っていなかったのが懐中電灯。私は、自宅から車で3分ほどのところに仕事場を借りていて日中はそこで仕事をしている。美流渡は山あいの集落。秋から冬へ。山かげに日が入ってしまう午後3時ごろには暗くなっていく。5時ともなればあたりは真っ暗。仕事場の近くには街灯がない。そのため鍵穴を探すのにもひと苦労。そんなときは懐中電灯があると本当に助かる。また、普段は車で自宅と仕事場を行き来しているが、ときどき徒歩で帰ることもあって、そんなときも心強いアイテムだ。
山あいに陽が沈む。
あれは10月のある日のこと。車を修理に出していることをすっかり忘れて、夜8時くらいに仕事場から自宅へ歩いて戻ることとなった。いつも車で通る道路には街灯がなく、山の斜面側から闇がまるで塊のように迫ってきた。「これはまずい」と思い引き返し、民家がわずかながらに点在する細い道のルートから帰ることにした。
こちらは1軒にひとつずつ街灯が取りつけられているので、多少は明るいのだが、実は数日前にクマが出没したという目撃情報があった場所。そのため、クマに出会わないように、こちらの存在を知らせるために、スマートホンを最大のボリュームにして曲をかけ、懐中電灯をくるくる回しながら歩いた。道の脇の笹やぶから、何かが飛び出してきたらどうしようと恐怖が募った。
まばらにある街灯。街灯と街灯の間はかなり暗い。
山あいの集落に移住してみて思うのは、心がヒリヒリするような危険を感じる瞬間がやってくることだ。春から秋にかけて、森を散策するときには、やはりクマに出会わないように注意が必要。笛をピーピーと鳴らしながら分け入る。冬になれば、天気予報では大丈夫なはずだったのに、突如吹雪いてホワイトアウトのなか、車を走らせなければならないときも。無事に家にたどり着くと、何事もなかったことに感謝せずにはいられない。そんな経験が何度もあった。
昨年12月のある日。北海道は異例の暖かさ。日中は7度にまでなった。翌日はマイナス5度となり、積乱雲のような雲が現れた。濡れた道路がカチカチに凍ってスケートリンクのよう。
まさか自分が運転するなんて!?そしてもうひとつ。カバンの中にいつもあるのが車のキー。自分のなかで最大の変化は、もしかしたら車の運転を始めたことなんじゃないかと思う。東京では歩いているとき停まっている車にぶつかったりするくらい、車幅間隔を把握する力が弱く、免許を取るなんて考えたこともなかった。しかし、北海道に移住して3年後、第2子を出産し、育児休暇中に免許を取った。必要に迫られての取得。その後、長男の幼稚園の送り迎えで、短い距離を運転していた時期があったが、小学校に上がったタイミングでまた運転から遠ざかっていた。
山あいの道を車で通り抜けるとき、いつも不思議な感覚が湧き上がる。自分が運転しているなんて実感が湧かない!
それが2年半前。20年来の友人であった画家のMAYA MAXXさんが、私の住む美流渡地区に移住。そのときに私にも車が必要なんじゃないかと中古車購入の段取りをしてくれた。そして仕事場の隣に住む陶芸家の友人が一緒に中古車を買いに行ってくれて、移住から9年経って、ついに自分の車を持ち運転をするようになった。
車のキーには大きなキーホルダーをつけている。草むらや雪の上に落ちてもすぐに見つかるように。また家の鍵には揺らすと光るブレスレット。暗がりで鍵を探すときに本当に役に立つ。
最初は車で5分圏内の美流渡地区だけの移動に使っていたが、2年ほど経って、ほんの少しずつ距離を伸ばしていって、最寄りの岩見沢駅まで行けるようになった(ここから25分のところ!)。これまで駅までは夫に送り迎えを頼むか、1日6便ほどのコミュニティバスを利用していたため、いつも時間を気にしていた(乗り遅れたら1時間待ちという世界)。
それが当たり前だと思っていたのだけれど、車の運転をするようになって、自分のペースで動けることに心底感動した。あるとき友人とゆっくり食事をともにし(時間を気にせず)、そのあと近くのスーパーで買い物をし、ガソリンを給油して家に帰り着いたとき、時間に縛られない自由があることを知った。
それでも車の運転はやっぱり苦手。時間が合えばコミュニティバスを利用している(MAYAさんの絵が描かれているので気持ちも上がる!!)。
では、カバンから消えてしまったものとはなんだろう。まずリップクリームやハンドクリーム。こちらに来たら肌荒れがなくなった。日焼け止めクリームも塗らなくなった。周りの人たちも、日焼けしているので気にならない。
もうひとつあげるなら名刺入れ。もちろんこちらでも、編集の仕事や取材の執筆などで、いろいろな人に会う機会はあるが、名刺を渡すことはほとんどしない。その代わりに地域の似顔絵マップに、名前と連絡先を書き込んで渡している。最近の挨拶は「編集者です」よりも「岩見沢市に住んでいます」のほうが重要なように感じている。
地域の名前をあげると「豪雪地帯で大変ですね」とか、「割と近いですね」とか、会話が始まるのだ。なんだか北海道にいると、どんなに地域は離れていても、みんなが“ご近所さん”というような感覚がある。名刺を介さずとも不思議な仲間意識のようなものを感じる。
地域の人々の似顔絵を多数掲載した、みる・とーぶマップ。ここに名前を書き込んで渡している。
都会か田舎か。東京か北海道か。どちらがいいという判断は人それぞれだと思うけれど、毎日の暮らしのなかにある小さな変化を心地よいと感じたりおもしろいと感じたりできるのかが、とても大切な気がしている。
私は移住する前、春夏秋冬、日々はいつも同じように流れていて、自分が何かをすることで、変化が起こると思っていたけれど、そうではなかった。つねに自然はダイナミックに変化していて、軍手や懐中電灯をいつも離さず、その変化に私は機敏に反応しようとしている。毎日、自然の様子は違っていて、飽きることがない。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。http://michikuru.com/