音楽好きコロンボとカルロスがリスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは熊本県熊本市。
鉄針の心地よいノイズでタイムスリップコロンボ(以下コロ): 熊本でSPレコードを蓄音機で鳴らす、オーセンティックなバーを見つけたよ。
カルロス(以下カル): 蓄音機って〈ビクター〉のマークのニッパーくんが耳を傾けているあれでしょ。エジソンの大発明! どのくらい前のものなの?
コロ: 店主の宮本眞さんが言うには、ビクター製のものは110年前くらいでタイタニック沈没前。聴かせてもらった〈コロンビア〉製のモデルNo.16は、ちょっと新しくて100年前だって。
カル: そりゃ、ヴィンテージだね。コロンビア・モデルが新しいっていっても、そんなに変わらない気がする。タイタニック以前と以後の差も実感ないよ。
コロ: タグに刻印されたシリアルナンバーは3416だったけど、どのくらいのものかは皆目見当がつかない。どちらの蓄音機もお客さまからの寄贈で、まだまだバリバリに現役なんだ。
カル: 蓄音機はゼンマイ仕掛けだから電気もいらないんでしょう。
コロ: レバーをギリギリと回して、かけるだけ。まあ、エコですね。カーボンニュートラルに貢献中。
カル: 実際、聴いてみてどうだった? 針音のノイズが入り混じった、映画やドラマで聴くような、ノスタルジックなあの感じ?
コロ: 聴かせてもらったのが、ダミアの「暗い日曜日」。なんだかやさしく空気を削っているようだったな。
カル: おっ、シャンソンだね。蓄音機らしいいい選曲。針からもれる音がたまらないでしょう。
コロ: あの針のノイズがあってこそだよ。蓄音機は。
カル: そりゃ、お酒にも合いそうだ。
手入れが行き届いたカウンター。内装はオーセンティックなバーを具現化するように格調高く。
コロ: バー自体がクラシックでストロング・スタイル、蓄音機が奏でる古き良き響きが加わるもんだから、かの時代にタイムスリップしたよう。
カル: お店は1984年オープンだから、そろそろ40年なんでしょう。
コロ: そうなんだ。正統派のバーだけにカクテルのオーダーが70パーセントくらいなんだって。
カル: 正統派のバーは背筋が伸びるよね。おまけによくわからないくせに背伸びしちゃって、いつもは飲まないマティーニとかシングルモルトに手を出しがちだな。
コロ: 宮本さん曰く、いいバーは主役であるお客さまを引き立てる脇役陣がしっかりしているものなんだって。だから、恐るるに足らずだよ。
蓄音機はコロンビア製とビクター製の2機。どちらもすこぶるヴィンテージ。
ゼンマイ仕掛けのプレイヤーはもちろん電気がなくとも稼働。
カル: SP盤はシャンソンがメインなの?
コロ: いや、クラシックからジャズに美空ひばりとか、いわゆる流行歌まで揃っている。なんでも東京は神保町の〈富士レコード社〉まで仕入れに行くそうだよ。
カル: 富士レコード!!! ワンダーランドだ。SP盤の品揃えが圧倒的で他店の追随を許さない感じだよね。SP盤の仕分けが「ラッパ吹き込み」とか「電子録音」とかになってて、ちょっとしたカルチャーショックだったのを覚えている。
コロ: 針もそこで買ってるらしいよ。SP盤の針は消耗品で、基本、使い捨て。
カル: 針っていっても、いわゆるいまのレコード針と違って、鉄針なんで、そうしないとレコード盤が擦り減っちゃうんだってね。
訪れたときにかかっていたジョージ・シアリングとメル・トーメによる『An Evening With GEORGE SHEARING & MEL TORME』。これは電気再生。
バーにはなぜかピアノがよく合うと宮本さん。ビル・エヴァンスの名盤『PORTRAIT IN JAZZ』もよくかかる。
コロ: 「バーにとって音楽は、最高のつまみで、とても大事な要素」なんだって。
カル: SP盤だけでなく、レコードとかCDもかかるでしょう。
コロ: もちろん。入店時はバッハの無伴奏チェロ組曲だったかな。
カル: ヴォーカルものも鳴っていたって、言ってなかった?
コロ: そうそう、「You’d Be Nice To Come Home To」。ジョージ・シアリングとメル・トーメの。スピーカーは今や製造中止となった〈YAMAHA NS-10M〉、通称〈BigBen〉。
カル: 成りは小さいけどよく鳴るっていう押しの強い音で、世界中で使われたスタジオ・モニターの名機!
コロ: そうそう。新発売なのに「ヤマハの伝統機」って謳い文句だったとか(笑)。とにかく、このお店は由緒正しき伝統を感じさせるんだ。
カル: ホームページで見たんだけど、カクテルはワーグナーをイメージしたシリーズとか、オペラから想起したシリーズもあるんだってね。
コロ: 映画のシリーズもあったらしい。『Life Is Beautiful』とかね。そうそう、カクテルだけでなくて、シェリーのラインナップもすごいんだよ。
カル: シェリーまで? スコッチを極めるとシェリーに行き着くっていうけど、まさに体現してるね。宮本さんのお酒に関する深い知識に敬服しちゃう。
店主の宮本さんはバーテンダー歴40年以上。両親もバーテンダーなら、奥さまバーテンダー。お酒の知識は奥深い。
スコッチに傾倒すれば行き当たるのはシェリーだとか。シェリーの品揃えは幅広い。
コロ: なんたって年季が違うよ。宮本さんは20歳からバーテンダーで、両親共にバーテンダー、奥さんだってバーテンダーなんだから。
カル: 宮本さん、音楽についてなんて言ってた?
コロ: 「思えばお酒とそっくりですね。音楽って」だって。とにかくお客さんの会話から、さりげなくかける慎ましさはたまらないね。
熊本の銀杏通りの雑居ビルにオープンしてほぼ40年。ちょっと敷居が高そうな店構えなものの、いたってあたたかい伝統のバー。
information
Bar STATES
住所:熊本県熊本市中央区花畑町13-23 久保田ビル4F
TEL:096-324-9778
営業時間:18:00〜25:00
定休日:日曜
Web:Bar STATES
【SOUND SYSTEM】
Speaker:YAMAHA NS-10M(BigBen)
Amplifer:ONKYO A909X
Turn Table:Technics MK2
Phonograph:Victor & COLUMBIA
旅人
コロンボ
音楽は最高のつまみだと、レコードバーに足しげく通うロックおやじ。レイト60’sをギリギリのところで逃し、青春のど真ん中がAORと、ちとチャラい音楽嗜好だが継続は力なりと聴き続ける。
旅人
カルロス
現場としての〈GOLD〉には間に合わなかった世代だが、それなりの時間を〈YELLOW〉で過ごした音楽現場主義者。音楽を最高の共感&社交ツールとして、最近ではミュージックバーをディグる日々。
writer profile
Akihiro Furuya
古谷昭弘
フルヤ・アキヒロ●編集者『BRUTUS』『Casa BRUTUS』など雑誌を中心に活動。5年前にまわりにそそのかされて真空管アンプを手に入れて以来、レコードの熱が再燃。リマスターブームにも踊らされ、音楽マーケットではいいカモといえる。
credit
photographer:深水敬介
illustrator:横山寛多