移住して暮らしに変化があったことのひとつが、保存食をつくるようになったこと。東京で出版社に勤務していた頃は、毎日のように終電で帰り、土日も取材で出かけることが多く、料理に時間をかけることはほとんどなかったし、つくることにそれほど興味を持っていなかった。けれど北海道で暮らしていると保存食を上手につくっている人が、周りにたくさんいることを知った。
またホームセンターでは、季節になると保存食づくりの材料が豊富に売られていて、自分でもやってみたいと思うようになった。
毎年の恒例行事となっているのが梅干しづくり。
梅干し、ジャム、トマトピューレ、乾燥野菜など、時期に合わせていろいろつくっていて、今年は久々に味噌に挑戦することにした。初めて味噌をつくったのは2015年。教えてくれたのは、有機栽培の野菜や無添加食品を扱う八百屋さんを通じて知り合った、おがわまさえさん。
おがわさんの家では祖母、母、おがわさんと3代にわたって味噌をつくっているという。
2015年、初めての味噌づくり。
2年ほど一緒につくらせてもらっていたのだが、その後は仕事も忙しかったこともあって時期を逃してしまっていた。重い腰が上がらなかった理由は、味噌づくりは量によっては半日以上かかるし、ひとりで黙々とやるのはしんどいから。そんななか、今年は近所の友人が一緒につくろうと声をかけてくれた。
友人とは、この連載でその活動を紹介したこともある笠原麻実さん。私の住む美流渡(みると)から車で10分ほど山あいに行った万字地区で、〈麻の実堂〉という名でハーブブレンドティーの販売とタイ古式マッサージのサロンを営んでいる。
笠原麻実さん。オーガニックハーブを使ったワークショップも地域で開催している。写真はリップバームづくりの様子。
「路子さん、麹から一緒につくりませんか? 楽しいですよ!」
そう麻実さんは提案してくれた。味噌の材料は大豆と塩、そして麹。私はこれまで麹は麹屋さんで買っていた。なんとなく自分でつくるのは大変そうというイメージがあったのだが、麻実さんによると特別な道具がなくても大丈夫なのだという。ということで、2月初旬、まずは麹づくりからやってみることとなった。
麹づくりは4日間。赤ちゃんを育てるような気持ちで【麹の材料(味噌を5キロつくる場合)】
・精米したお米2.5キロ
・種菌(麹菌、「もやし」と呼ばれている)12〜20グラム
【使う道具】
・蒸し器
・蒸し布
・しゃもじ
・茶こし
・温度計
・3キロが入る米袋
・毛布や湯たんぽなど保温できるもの
麹づくりは全工程で4日間かかるという。1日目の夜に米を洗い水につけておく。2日目に蒸し器で米を蒸して(30分ほど)やわらかくなったら、トレイに広げてしゃもじで米を切るように冷ます。35〜45度になったら茶こしで種麹(麹の種)をまんべんなく振って、均一にすり込むように混ぜていく。
お米を布に包んで蒸しあげる。
手でつぶせるくらいにお米がやわらかくなったらしゃもじで切るように混ぜて温度を下げる。
ここに種麹(右)を茶こしで、お米にふりかけて均一に混ぜる。
これを米袋に入れ、冷めないように保温する。最適な温度は35〜40度。発酵機などで温めるのがベストだが、こたつに入れたり、毛布でくるんだり、クーラーボックスに湯たんぽを入れたりしても大丈夫なのだそうだ。
地域のコミュニティセンターの調理室を借りて、米を蒸し、種麹を混ぜた。米袋の入った麹の素を家にもって帰り、我が家では、湯たんぽの代わりに瓶にお湯を入れたものをタオルで包み、それをクーラボックスの中に入れて温めるようにした。
クーラーボックスをストーブの近くに置いて温度が下がらないように気をつけた。
この後、セオリーとしては、18〜20時間経過すると麹菌が発芽し菌糸が伸びてくるので、米のかたまりをひと粒ずつバラバラにほぐして、再び保温。さらに3〜8時間経過したら四角いトレーに麹を移す「盛り」という作業をし、5時間ほど経過したら再び麹をほぐし…………と、レシピにはさまざまなプロセスが書いてある。
「えーー、この通りにちゃんとできるかなあ」と私が言うと、「とにかく赤ちゃんを育てるように3時間おきに見てあげて、混ぜれば大丈夫ですよ!」と麻実さん。
ポイントは、米袋の全体が40度くらいの温度で均一に保たれていることだという。やってみてわかったのだが、お湯の入った瓶の近くは温度が高めになり、それ以外のところは温度が少し下がっている。これを何度か手で混ぜて均等にしていった。
夜も3時間おきにチェック。手で混ぜていくと甘い香りとともにお米に白っぽい点々が現れた!
3日目朝になると甘い香りが立ってきて、米袋に手を入れるとポカポカと温かく、お米が発酵していっていることがわかった。混ぜているときは、生き物と触れ合っているような、何か気持ちがホッとするような不思議な感覚だった(本当に赤ちゃんみたい)。麹の菌糸による白っぽい点も出てきていい感じ!
時折温度チェックをしたり、混ぜたりしながら4日目の夕方、だんだんと米がやわらかくなってきた。
しかし、ここで問題発生。本当は麹菌の菌糸が米を包み込んで塊になるはずなのだが、パラっとした状態で、少し茶色い部分が出てきてしまった(!)
茶色くなってしまった。でも香りは甘くていい感じ。
ネットで調べてみると、真っ白くならない場合もあると書かれていて悪いカビなどではないようだったのだが、具体的な原因は特定できなかった。ただ、香りは甘くてうっすらと味噌のような匂いもして、悪くないんじゃないかと思った。麻実さんも去年つくった麹は、それほど固まらずパラっとしていたけれど、ちゃんと味噌ができたそう(!)冷蔵庫に保管して発酵を止め、その後、いよいよ味噌づくりに入った。
麹屋さんで買うと麹は真っ白な板状。麻実さんの麹はこんな感じに仕上がっていた。
丸1日かけて味噌づくり。おしゃべりしながらの楽しい時間前日に大豆を洗って水につけておき、朝8時30分から味噌づくり開始。
【材料(味噌を5キロつくる場合)】
・大豆2.5キロ
・麹2.5キロ
・塩800グラム(塩で蓋をする分をここから取り分けておく)
・容器を殺菌するための焼酎(25度)
【道具】
・圧力鍋
・フードプロセッサーかマッシャー
・5キロが入る味噌樽やタッパー
今年は緑大豆で挑戦。すっきりとした甘みがある。
使った大豆は、北海道せたな町にある農場〈シゼントトモニイキルコト〉から以前に分けていただいた黒、白、緑の大豆。ちなみに麹に使ったお米も、同じせたな町にある農場〈よしもりまきば〉のもの。どちらもオーガニックな農法で育てていて、まっすぐな味がする。こちらに移住して思うのは、作物を育てた生産者のみなさんのことを想いながら、それを自分の手で加工すると、そのものに対する気持ちの入り具合がまったく違うということ。大事に食べたいという気持ちが自然にわいてくるし、心の底からおいしさを実感できる。
オーガニックとは何か。そのすばらしさとは何かを伝える活動もしている〈シゼントトモニイキルコト〉。この農園を営むソガイハルミツさんを取材し本にまとめたことをきっかけに、たびたび農場を訪ねることになった。
〈よしもりまきば〉も同じ本で取材。よしもりさんは羊も育てていて、その堆肥を土に還し、循環型の農業を行っている。我が家はいつもここのお米を食べている!
麻実さんは黒と白の大豆をミックスして10キロ。私は緑を使って5キロ。お互い1年間使う量をまかないたいと、たくさんつくることにした。
白大豆と黒大豆のミックス。大豆10キロは相当な量!!
作業はとてもシンプル。圧力鍋で20分ほど大豆を煮てやわらかくしたら、それをフードプロセッサーやマッシャーでペースト状にしていく。量をつくるとなると、これを何度も繰り返さなければならないので大変!こんなとき、おしゃべりしながらできると、重労働も楽しみに変わっていく。農家ではお母さんたちが冬にみんなで集まって、味噌づくりをしているのも頷ける。
家にある圧力鍋を総動員! 20分ほど煮て圧力鍋のピンが下がるまで待つ。
やわらかく煮えました!
フードプロセッサーでペースト状に。
麻実さんはマッシャーで大豆を潰す。息子さんもお手伝い!
煮ている作業の間に、麹に塩をまんべんなくまぶしておく。そして、大豆を全部ペースト状にしたら麹と混ぜてボール状にする。
塩と麹を混ぜる。
そこにペースト状になった大豆を入れて混ぜる。量が多いと力仕事!
それをボール状にする。
ここからがクライマックス。空気が入らないようにボール状になったものを樽に思いっきり投げつけていく。そして最後に表面を平らにして塩で蓋をしたら完成!その後、麻実さんの大豆を煮るのも手伝って16時には作業が終了した。
容器は焼酎で殺菌しておき、そこにボール状のものを投げ入れ、空気をぬく。
私は密封できるタッパーにギリギリまで味噌を詰め込み、このまま保管(常温です)。麻実さんは大きな味噌樽に重しを乗せて保管するという。これで半年熟成させると味噌ができあがる。
塩で蓋をし、焼酎を吹きかけて密閉!
味噌は自分の分身!? つくる人によって味が変わる!!麻実さんと私の味噌は、味わいがきっと違っているだろう。大豆の種類が違うのはもちろんのこと、麹の香りも異なっていた。自分の手で混ぜ発酵させた麹には、きっと自分らしさが表れている。それを大豆と混ぜ自分が暮らす環境で半年間、熟成させる。同じときを刻むことで、いつしか味噌は自分の分身のようになっているのではないかと思う。
大豆10キロ、麹10キロでつくった麻実さんの味噌樽。重たい!
「手前味噌」という言葉がある。これは自分で自分のことを褒めることを指す。この言葉の成り立ちには、家でつくった味噌がいちばん食べ慣れていておいしいという主張が含まれているという。自分で保存食をつくってみると、この言葉が腑に落ちる。体にスーッと染み込んでいくようなおいしさがあるのだ。
そして、味噌をつくり終わったあとの満たされた気持ちは言葉で言い難い。あえて語ってみると、貯金が貯まるよりも、味噌や梅干し、漬物がたっぷりあったほうが、ウキウキ度が高い、そんな感じだ。
ぜひみなさんも味噌づくり、挑戦してみてはいかがでしょうか?友だちに声をかけ合って、ワイワイ賑やかにつくるのがおすすめです!
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/
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