福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。
今回は北九州市小倉にある複合ビル〈室町シュトラッセ〉の後編をお届けします。
築45年の3階建てのビル。1階はオーナー事業によるテナント村で、2〜3階は田村さんによる転貸事業としてサロンや共有ラウンジ、レンタルスペースに。こうした計画のもとプロジェクトは進んでいきました。
空きビルが活気ある複合ビルに生まれ変わるまで。田村さん自らがバーをオープンするという意外な展開も含め、オープン前後の取り組みについてご紹介します。
未来予想図を持ってリーシングと仲間集め前編でお伝えした、ゲストハウスの企画倒れで3か月は凹んだ時期から一転、心が前向きになるとどんどんアイデアが生まれて行動も起こせるから不思議ですね。
あ、そもそもなぜ〈室町シュトラッセ〉という名前になったかというと、まずはここが室町というエリアであること。そしてビルオーナーのTさんの甥っ子さんがドイツにある有名メーカーで活躍されていると聞いたことから、ネーミングをドイツ語に由来させることにしました。
「StraSse(シュトラッセ)」とはドイツ語で「通り」という意味。歴史ある“長崎街道”に面するこのビルで「ビルから通りへ、通りからまちへ、賑やかさを広げていこう」という意味を込めてつけた名前です。ロゴはもちろん〈Linked Office “LIO”〉の仲間で、グラフィックデザイナーの岡崎友則くん(vol.2参照)に頼みました。
長崎街道はオランダから砂糖や氷砂糖をメインに運んできた運搬道でもあったので、その氷砂糖をモチーフにしたロゴマーク。かわいい。
ビルのファサードの未来予想図。側面の外壁を開口してビルの顔部分を増やす計画。
“未来予想図”と名づけたパースを企画書にまとめ、いろんな知人に見せに行きました。その際に「そういえば、恭子さんが移転を考えているみたいよ」と教えてもらいました。恭子さんとはインドカレー店〈インドキッチン ギタンジャリ〉店主の下野恭子さん。僕も以前から知り合いで何度か食べに行きましたが、本場のスパイスカレーが本当においしく、飲食業界でもファンが多い人気店でした。恭子さんに企画を説明すると「ぜひここに移りたい!」とご快諾をいただき、必要な広さなどの条件を聞いてすぐに1階の区画案を整えました。そして店舗の設計もご依頼いただくことになりました。
1階は弊社の転貸区画ではないですが、人気店のギタンジャリさんがこのプロジェクトの1店舗目に入ってくれることは、発信力にも厚みが増すのでかなりの追い風となりました。
ビルの改修計画では屋上防水や外壁修繕、1階の区画分け工事の見積もりも進み、ビルオーナーTさんからGOが出たので、ビルの本体工事に着工していきます。
ビルのファサードを増やすべく、外壁を開口したところ。
ショップやサロンなど多様な顔ぶれ自社転貸する2〜3階の募集は、紹介をはじめ、商工会議所の会報に載せたり、北九州市役所の商業・サービス産業政策課の職員さんに口コミで広めてもらったりと、地道な発信活動の甲斐もあって満室になりました!
ブランディングの事務所やプログラミングオフィス、雑貨屋さん、エステサロンの入居が決まり、多様な顔ぶれでおもしろいビルになる予感しかしませんでした(笑)。特に〈アジアン雑貨ありん〉の島内光美さんは1階のギタンジャリさんとも相性がよくて、何をするにも相乗効果があり、賑やかな雰囲気が醸し出されました。
順調にギタンジャリさんの店舗工事も進み、塗装はDIYで友人たちに手伝ってもらい楽しく完成。
ギタンジャリさんの店内の様子。
室町シュトラッセ、グランドオープン!ビル全体の工事も終わり、2016年8月にグランドオープン! オープニングイベントでは約300人が来場し、とても盛り上がりました。
オープニングイベントの様子。
オープニングイベントの様子。
地元新聞社が4社も取材に来てくださり、すべて写真つきで掲載されました。そのことで北九州エリアに“リノベビル”のカルチャーやそのイメージが広がった気がしました。プロジェクトのリリースにおいて、メディアの力はやはり必要だなと実感したことを覚えています。
ビル全体を盛り上げるしかけ“北九州のリノベビル”として、新たな動きを印象づけるためのしかけもたくさん設けました。2階の廊下には誰でも立ち寄りやすい廊下型ギャラリー〈フォトガレリー〉を開設して、北九州市内で活動するフォトグラファーの作品を展示しました。ディレクションはLIOのフォトグラファー吉永 真利江さんです。
廊下沿いにある給湯室はオープンにして、カフェのように自然と井戸端会議ができるようにしました。
2階の廊下のフォトギャラリーには地元のフォトグラファーたちの作品を展示した。
左が共用の給湯スペース、右がフォトギャラリー。
3階には会議室をつくり、入居者は利用無料(要予約制)にしました。それぞれがスクールやワークショップを開催して収益を上げることもできるし、地域の方々には時間単位のレンタルにすることで転貸事業として稼働率を上げることができます。
同じく3階にはラウンジスペースもつくり、展示会やスピリチュアルイベントなどが開催されました。
3階の会議室。
ラウンジで開催された写真展。
ラウンジスペースでスピリチュアルイベントが開催された。
屋上は青空コミュニティとして、BBQやお月見ヨガも開催されました。
入居者同士の仲がいいことも特徴で、僕の主催ではなく、入居者のみなさんの発案でイベントが開催されたり、とにかく楽しいことが動き出した感が満載でした。
屋上ではお月見ヨガが開催された。
入居者のみなさんが始めたイベントのチラシ。
室町シュトラッセフェスタの様子。館内をすべて使って開催された。
室町シュトラッセフェスタの様子。館内をすべて使って開催された。
室町シュトラッセフェスタの様子。館内をすべて使って開催された。
室町シュトラッセフェスタの様子。館内をすべて使って開催された。
室町シュトラッセフェスタの様子。館内をすべて使って開催された。
室町シュトラッセフェスタの様子。館内をすべて使って開催された。
2016年のオープン後、2年ほどは周年イベントや各々が開催するスクールなどで賑わい続けましたが、2018年にアジアン雑貨のありんさんが手狭になったことで退去することに。そこは2階道路側で外からも見える区画。雑貨店の賑やかなイメージが定着していたので、「次の入居者さんも事務所系じゃなくて店舗系がいいな」と考えながらスケルトン状態の空間を見ていたら「ギャラリーみたいだからアーティストに入ってほしいな」と思い始めました。
そこで打ち出した企画が、アーティスト・イン・レジデンスです。
そのときに来てくれたアーティストが桑園創くん(現在はソー・ソーエン)と岩坂祐史くんで、ふたりが合同展をやりたいと申し出てくれました。
ふたりの作品はなんとも芸術性が高く、アートに詳しくない僕にもビンビンと伝わってくるものがありました。特に創くんの絵に惚れてしまい、いろんなインスピレーションが湧いてきたので購入することに。
そのほかにも美術家の大森和枝さんが個展や絵画教室も開催してくれました。
2階道路側の区画にて、「アーティストさんはここを3か月無料で使ってください」という企画を開催した。
桑園創くんと岩坂祐史くんの合同企画展。
大森さんが開催した絵画教室の様子。
大森さんが開催した個展の様子。
自社でバー〈tamtam7〉をオープンこうしたいろいろな方々の活動を直に感じながら「一生懸命に活動して表現するってとても大変なのに、その大変さとは反対に、第三者はそこから豊かさを感じるって、不思議だな」と思うようになりました。僕の脳内はぐるぐる、ぐーるぐると攪拌(かくはん)されてしまいまして、なにか表現について感じる場をつくれたらいいなと、自分でも店をやることになりました(笑)。
それがバー〈tamtam7〉のきっかけです。
1年前は考えもしなかった事業を立ち上げるって「どんだけ刺激を受けとんねん」と自分で突っ込みを入れるほど(笑)。
2019年当時のショップカード(現在は営業日時が変更になっています)。
僕はナチュラルワインが大好きなんですが、北九州ではまだまだ気軽に飲めるお店が少なくて、自分が入りたいお店をつくろうと思い、tamtam7はナチュラルワインをメインとしたバーとして誕生しました。キャンドルの灯りで会話するとか、絵画を観ながらワインを嗜むとか、何気ないことが実は豊かなんだと感じることができる「豊かさの美術館」をコンセプトにしました。
そして、購入した創くんの絵をメインに空間をつくることに。
アートやアンティーク家具など自分では創れないモノを中心に構成した空間。
アーティスト・イン・レジデンスのときに購入した桑園創くんの作品。
家具や燭台などは全てアンティーク。
時代を経ても本質的な価値は変わらないモノで構成しました。
結局、自社運営は転貸事業と飲食事業にまで至り、空きビルをリノベしたことで自分自身の思考もリノベされました(笑)。そして飲食店の運営って難しいですね。イベント企画や新しいコンテンツの発信をガンガンしていこうと思っていても、その前に雇用の問題や運営委託の難しさ、さらにオープンして1年でコロナ禍にぶつかったりと、そりゃもうほんと大変(笑)。
でも変わらず来ていただいているお客様もいるし、この室町シュトラッセ同様、本質的なコトやモノを変わらず追い続け、ブレずに表現することで、たたずむようにまちに根づいていくのかもしれないなと、いま執筆しながらしみじみ実感してます。
室町シュトラッセは空きビル再生プロジェクトとして2016年に再生しました。入居者さんの入退去はありましたが7年目に入った今も空室はなく、コロナで少し賑やかさは落ち着きましたが、ここに居る人や訪れる人の数だけ豊かな物語が生まれています。
ぜひみなさんも北九州にお越しの際には室町シュトラッセにお越しください。タイミングが合えば、僕がtamtam7でホストしますので(笑)。
information
室町シュトラッセ
住所:福岡県北九州市小倉北区室町2-11-4 TMビル
information
インドキッチン ギタンジャリ
Web:インドキッチン ギタンジャリ
information
アジアン雑貨ありん
Web:アジアン雑貨ありん
information
吉永真利江 uruphoto
Web:吉永真利江 uruphoto
information
tamtam7
Web:tamtam7
田村晟一朗
Seiichiro Tamura
たむら・せいいちろう
株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
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編集:中島彩