森のようでもあり海のようでもある、青い背景に浮かび上がる人物

2021年から閉校となった美流渡(みると)中学校の利活用が始まり、今年で5回目となる『みんなとMAYA MAXX展』がゴールデンウィークに開幕した。画家のMAYA MAXXさんが東京から美流渡に移住して3年。自然に囲まれたアトリエで過ごすなかで数々の新作が生まれ、それらを校舎に展示してきた。一昨年は抽象的な色彩が画面を埋め尽くした作品を、昨年は北海道に生息する動物たちを愛らしい姿で描いた作品を発表。

2021年秋の『みんなとMAYA MAXX展』。教室に壁を立てギャラリーとして使っている。

2021年秋の『みんなとMAYA MAXX展』。教室に壁を立てギャラリーとして使っている。

 

2022年は年3回の展示を行った。夏の『みんなとMAYA MAXX展』ではエゾリスが描かれた。(撮影:佐々木育弥)

2022年は年3回の展示を行った。夏の『みんなとMAYA MAXX展』ではエゾリスが描かれた。(撮影:佐々木育弥)

 

そして今春の展示されたのは、青い背景に浮かび上がる人物。木枠に貼らずに布のままのキャンバスに描かれた作品で、横幅が3メートルあり、6点のシリーズとなっている。

「勇気を持つために  No.3」

「勇気を持つために No.3」

この絵でまず目に飛び込んでくるのは、青い画面だ。キャンバスを床に置き、その上にMAYAさんは乗って、最初は青の油性ペンで円を描いていったという。次にリキッドタイプのアクリル絵の具のボトルを手に持ち、クルクルと自分が回転しながらそれを垂らしていく。30分ほどキャンバスの上で回っていると、ふっと気の済む瞬間が訪れる。そこで手を置き、今度は霧吹きで水を画面にかけていくそうだ。

開催中の『みんなとMAYA MAXX展』で描き方について語るMAYA MAXX。

開催中の『みんなとMAYA MAXX展』で描き方について語るMAYA MAXX。

霧吹きによって線がにじみ、青い面になっているところがあったり、線がそのまま残っているところがあったり。

作品「勇気を持つために」のアップ。さまざまな表情がある。

作品「勇気を持つために」のアップ。さまざまな表情がある。

作品「勇気を持つために」のアップ。さまざまな表情がある。

 

「以前は、霧吹きをかけ過ぎてしまったなと後悔することもありました。また、線を一度描いただけの部分も、そのまま残しておくことができず、上から擦ったりしていました。でもいまは、『これでいいんだ』と心の底から思えるようになりました。この画面がいいかわるいかを自分で判断しない。判断を捨てることができたんですね」

MAYAさんは、まったくの独学で絵を始めたため、これまで「本当にこれでいいんだろうか、もっと何かできるんじゃないだろうか」という気持ちがつねにあったのだという。

人物の表情に現れる不安、そしてその先には?

「いま、私もそうですし、みんなもきっと『生きているだけで不安』なんじゃないかと思います。気候変動があり、戦争が起こり、物価が上がり、手に入らないものも増えている。こうした、普段は口には出さないけれど、みんなが感じていることを絵というかたちにしたいと思いました」

新作はふたつの部屋に展示されている。ひとつ目の部屋には青い背景のなかに黄色い帽子を被った人物が浮かび上がっている。MAYAさんの言葉通り、入り口から左手の人物は、得体の知れない不安を感じているような表情をしており、その左隣の人物は、何かを見つけたがそれがなんなのか確信が持てないような表情を浮かべている。

「勇気を持つために  No.1」

「勇気を持つために No.1」

「勇気を持つために  No.2」

「勇気を持つために No.2」

もう一方の部屋の入り口から入って左手の人物は「不安のなかにも微かな希望が遠くのほうに見えるような」、そんな顔でこちらを見ている。

「勇気を持つために  No.4」

「勇気を持つために No.4」

こうした不安げな人物の姿と一線を画している絵がある。ふたつ目の部屋の右手に展示されている白い人物だ。このシリーズで最初に生まれた作品で、青い背景のなかに、うっすらと透けるような体が描かれている。透けて見える理由は、制作中にサンドペーパーで描かれた身体を削ったことによる。

「勇気を持つために  No.6」

「勇気を持つために No.6」

「どうして削ったのか、自分でもよくわからなかったんですが、できあがってみて今まで一番清潔な人が描けたと思いました。さまざまな不安が押し寄せてくるなかで、それをすべて受け入れて、それから先にどうしていこうかと目を前に向けているような表情です。これを描いてみて、不安はあるけれど、それをどう捉えるのかは自分次第なのかもしれないと思いました」

MAYAさんは下絵や下描きをいっさいしない。こういう人物を描こうと先に決めるのではなく、描いているうちに自分の無意識に感じていることが表に出てくるような感覚があるそうだ。

絵画とともにアトリエの周辺で見つけた立ち枯れの草を1本ずつ立てた作品も展示された。

絵画とともにアトリエの周辺で見つけた立ち枯れの草を1本ずつ立てた作品も展示された。

「心を清らかに」

「心を清らかに」

この清潔な人物を描いたあとで、先ほど紹介したさまざまな不安を感じているような人々が生まれた。そしてシリーズの最後となる1枚は、なかなか決まらなかったという。当初は人物を描こうとしていたが、試行錯誤のなかで現れてきたのはヒツジ。キリスト教でヒツジは迷いを持つ弱い人間の例えであり、また小さなヒツジはイエスの象徴として宗教画のモチーフともなっている。

「勇気を持つために  No.4」

「勇気を持つために No.4」

MAYAさんは、ある特定の宗教画を描こうとしたわけではないと語る。ただ結果的に、先行きが見えにくい、閉塞感の高まる現代のなかで、そこに風穴を開けるような、あるいは、それでもなお希望はあるに違いないという救いを指し示すような、そんな絵となっていった。

「清潔な絵をどうやったら描けるのか。それは技術ではなくて、やっぱり自分がどうあるかが重要なんだと思います。普段、私は自分のことばっかりしか考えていないような人間ですが、でも、東京から美流渡に移住してから、以前よりは、いろいろなことに公平な気持ちで接することができるようになったんじゃないかと思います。そういう心の持ちようが、こうした絵を描かせてくれるのではないかと思います」

「ほんとうのことを」

「ほんとうのことを」

「ほんとうのことを」アトリエの周りの草木を採取してつくった鳥。

「ほんとうのことを」アトリエの周りの草木を採取してつくった鳥。

美流渡で自然に囲まれ、日々移ろう景色を見ていると、心から美しいと感じるという。東京では、アートや音楽、ファッションなど人々の鮮烈な感性に触れることは多いが、毎日のように美しいものを眺めるという機会はなかったのではないかと振り返る。そして、自然に近い暮らしをするということは、日々、除雪をしたり、草を刈ったりという都会では必要のない労働も多く、それがあるからこそ心が健やかな状態でいられるという。また、旧美流渡中学校での展覧会準備は多忙ながらも、毎日、仲間と汗を流しながらつくり上げていく喜びがあると語る。

開催中の『みんなとMAYA MAXX展』では廊下も展示スペースとして使用。昨年の作品を展示した。

開催中の『みんなとMAYA MAXX展』では廊下も展示スペースとして使用。昨年の作品を展示した。

そして何より移住によって、自分の絵のコンセプトや訴えたいことを押し出すよりも、みんなが明るい気持ちになるようなものを描きたいと思えるようになったのが、もっとも良かったことだという。昨年は、シカ、リス、クマを描き、そのかわいい姿を見て、みんなが癒されたらと願った。今年の人物は、みんなの心にある不安に目を逸らさず、それを受け入れかたちにするという挑戦があり、そこから何かしらの希望の片鱗が見える、そんな予感を感じさせるものだった。

さらにその先には、何があるのか? 次回の『みんなとMAYA MAXX展』は9月16日〜10月1日。MAYAさんの心の変化によって現れる新作を楽しみに待っていたい。

information

みんなとMAYA MAXX展

会期:4月29日(土)〜5月14日(日)※5月2日、9日、10日は休み

会場:旧美流渡中学校

住所:北海道岩見沢市栗沢町美流渡栄町58

営業時間:10:00〜16:00 

料金:無料

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/

https://www.facebook.com/michikuru