チャドウィック・ボーズマンの突然の死から、1週間。アメリカは今も、その悲しみから抜け出せないでいる。

 ボーズマンが大腸がんのため亡くなったのは、メジャーリーグの“ジャッキー・ロビンソン・ディ”に当たる先月28日。彼が『42〜世界を変えた男〜』(2013)で演じた、黒人初のメジャーリーグ選手ジャッキー・ロビンソンを讃える日だ。その偶然も、衝撃をさらに大きくした。

 2日後の日曜である30日には、ディズニー傘下のABCが、プライムタイムに『ブラックパンサー』(2018)をコマーシャルなしで急きょ放映。直後には、30分の特別追悼番組も放映された。この2本は、この日のプライムタイムで最高の視聴率を上げている。

 アマゾンでも、ボーズマンの出演映画のDVDやブルーレイの売り上げが急上昇した。8月31日の段階で、トップ15位のうち7本を、彼の作品が占めている。アメリカ最大手のシネコンチェーンであるAMCは、全米300館で『42〜世界を変えた男〜』の再上映を決定。ただし、新型コロナがまだ猛威をふるっているアメリカでは、ロサンゼルスやニューヨークを含む多くの都市でまだ映画館の経営再開が許されておらず、実際に足を運べるファンの数は限定的となる。

 彼の死を受けて、大腸がんのリサーチや患者の支援を行う非営利団体への寄付も急増。一方、ボーズマンの出身校であるサウスカロライナ州のT.L.ハンナ高校は、「チャドウィック・ボーズマン記念奨学金」を創設すると決めた。優秀な生徒が進学し、夢を叶えられるようにするためのもので、ボーズマンの遺族と話し合いながら進めていくという。在校中、ボーズマンはバスケットボール部に所属していたが、当時のコーチは、彼の背番号32は、永久欠番にするべく働きかけているそうだ。

 世界的にはブラックパンサー役で大ブレイクしたが、彼が最初に注目されたのは、ロビンソンの伝記映画『42〜世界を変えた男〜』。故ロビンソンの娘シャロン・ロビンソンは、「彼と父には共通点がたくさんあった。どちらも、自分をヒーローとは見ていなかった。彼らは自分の仕事にベストを尽くそうとしただけ。チャッド(・ボーズマン)は、父のストーリーを完璧に理解していた。父の強さも、自分の意見を持つ人なのに黙っていなければいけない辛さも、それが自分より大きな目的を達成するために必要なのだということも」と語っている。

 今作と『ブラックパンサー』の間には、歌手ジェームス・ブラウンの伝記映画『ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜』(2014)や、黒人で初めて米連邦最高裁判所の判事となったサーグッド・マーシャルの伝記映画『マーシャル 法廷を変えた男』(2017/日本未公開)に主演した。無名時代から彼のエージェントを務めたマイケル・グリーンは、「チャドウィックはいつも、『この役を通してどんなメッセージを伝えられるか』『これを通して黒人コミュニティにお返しや貢献ができるか』という基準で役を選んでいた」と振り返る。彼が次に出演を考えていた映画も、タイトルからして『A Civil Right(原題)』(市民権)だ。人種によって場所が区別されていたビーチで、その差別をなくそうとした人たちの実話だという。

 そして、彼の場合、それは決して偽善ではなかった。彼はいつも、真の意味で、黒人少年たちのお手本であり続けようとしたのだ。『ブラックパンサー』の大ヒットの直後、あるお酒の会社が、「ジョージ・クルーニーがテキーラを作ったように、うちとコラボレーションしませんか」と言ってきたが、彼は断っている。「黒人の子どもに『誰だってスーパーヒーローになれるんだ』と言ってみせた男が次にそんなこと(酒のブランドを作って宣伝するようなこと)をやったら、説得力がない」からだ。

 そんな実在のヒーローがわずか43歳で逝ってしまったとは、本当に悔やまれてならない。だが、彼の生き方は、これからも人々に大きな影響を与え続けることだろう。これまでどうもありがとう。ワカンダフォーエバー。(文・猿渡由紀)