石田スイの人気コミックを実写映画化した『東京喰種 トーキョーグール』で、対策局・亜門役を演じる鈴木伸之。「劇団EXILE」のメンバーであり、ドラマ「あなそれ」などで注目される彼が、デビューまでの道のり、『桐島、部活やめるってよ』の出演経験などを振り返る。

野球少年から芸能界を目指す


――幼い頃の夢を教えてください。

 男三兄弟なんですが、小学1年生のとき、兄が野球を始めたのをきっかけに、僕も野球を始めたんです。地元のクラブで、土日はずっと野球。平日も学校から帰ってきたら、壁当ての練習をしていました。それを中学の終わりまでやっていたので、どこかで将来は野球選手になりたいと思っていたんです。

――なぜ、中学の終わりで野球をやめてしまったんでしょうか?

 球の投げすぎから肘を壊してしまい、関節ねずみ(関節内遊離体)ができてしまったんです。それをきっかけに、歌手になるなど、芸能関係に憧れを持つようになりました。友達とカラオケに行くのが好きだったんです。そして、オーディション(「VOCAL BATTLE AUDITION 2」)を受け、2次で落ちてしまったところで声をかけてもらい、EXPG(スクール)に通い始めました。

新たに見つけた役者としての道


――その後、2010年に「第3回劇団EXILEオーディション」に合格。歌手志望から俳優に転身することに関してはどのように思いましたか?

 とにかく、そのときはオーディションに落ちて、自分の中で何もなくなったような気分だったんです。それでスクールに行きながら、なにかがむしゃらに頑張れることをやりたいと思い始めたとき、お芝居の道も考えるようになりました。ただ、よく映画やドラマを観ていたわけでもないので、やっぱり不安でしたし、最初の頃は怒られたり、苦戦することも多かったです。そのうち、大勢の人たちでやる作品作りが、どこか体育祭にも似ているような気がしてきたんです。

――翌11年、ドラマ「ろくでなしBLUES」で俳優デビューしますが、そのときの心境を教えてください。

 いちばん初めに撮ったのが、竹刀を持った先生役のEXILEのMATSUさんとのシーンだったんです。それがお芝居とはいえ、これから一緒に仕事をしていく大先輩であるにしろ、怖すぎて……。しかも、動きながら、決められた言葉を喋ることに抵抗感がありすぎたんです。決められた画の中、秒数の中で、上手く喋れなかったんです。でも、周りの人たちに迷惑はかけられないですし、そんなことを考えていたら、頭が真っ白になったことを覚えています。

今や伝説となった
『桐島、部活やめるってよ』裏話


――翌12年には『桐島、部活やめるってよ』で、バレー部・久保孝介(ゴリラ)役で参加します。

 運良くオーディションに受かったんですが、初めて一人で巣立っていく感じがした作品です。幸運にも同世代ばかりの現場で、1カ月間の高知ロケということもあり、いろんな話を共有できたことを覚えています。たとえば、事務所が違えば考え方も違う、ということだったり、将来の夢も違ったり、とにかく青春しながら勉強にもなりました。

――ちなみに、『桐島』の現場はどのような感じだったんでしょうか?

 1カ月ぐらいリハーサルをして、みんながみんな、いいお芝居をして、いいシーンにしたいという気持ちに溢れていました。それに、吉田大八監督は後ろにいるエキストラの動きについても粘っていて、1カットに何テイクも撮っていました。あの現場は男女の隔たりもなく、みんな仲が良かったですが、とにかく同じバレー部役だった太賀とは常に一緒にいましたね(笑)。あの映画と吉田監督には、感謝の言葉しかないですし、また監督と一緒にお仕事したいです。

――俳優として転機になった作品は?

 やはり、『桐島』だと思います。役柄的に自分は憎まれ役だったと思うんですが、作品愛みたいなものが強すぎて、日本アカデミー賞(最優秀作品賞)を獲るところまで評価されたこと自体、嬉しいんです。それで、俳優としての面白さも知り、自分自身の夢も膨らんだことも大きいです。5年経った今でも、レンタルショップで誰かが借りているような名作ですし、こうやって話題に挙がるだけでもスゴいことだと思うんです!

〜次回は新作出演映画『東京喰種 トーキョーグール』などにについて、語っていただきます〜

文=くれい響,撮影=杉山秀樹