ソムリエ今昔、そして未来

国際ソムリエ協会会長 小飼一至さんインタビュー

「ソムリエ」は間違いなく、フランスにおける一級の輸出品目である。2007年秋、日本ソムリエ協会会長の小飼一至さんが国際ソムリエ協会会長に就任した。「ソムリエ」という職業が日本に流入し、根付き、そしてそれが世界に認められたひとつの結果が、このことに表れたといえるだろう。その小飼さんの眼が見た、日本とフランスのソムリエ史を追った。

日本における「ソムリエ」前史と発展期

小飼さんが銀座のマキシム・ド・パリでキャリアをスタートさせた69年当時、まだ日本にソムリエの存在はほとんど見られなかったという。「73年に実習のため渡ったパリで、初めて本場のソムリエに接しました。でも、この頃重視されたのは現場で培ったサービスの熟練度で、現在ほど深いワインの専門知識が問われていたわけではありませんでした」

高い専門性が追求され始めたのは、フランスを中心にソムリエコンクールの開催が活発化したことが影響する。「これまで手探りであったソムリエの技量や能力が、コンクールで客観的に評価の対象となったことで、学術的にワインを習得し、技能を磨く必要性を痛感しました。専門知識の重要性が認識されたのは、フランスでは70年代の終わり頃、日本では80年代に入ってからのことです。まだこの時期は、日本のレベルはフランスに一歩及ばない状態でした」

日本でも、85年にソムリエ呼称資格認定試験が始まり、知識や技能の水準を保証する基盤が整う。「しかし、80年代の日本ではまだソムリエという職業は一般の方々にはそれほど知られてはいませんでした。大きな転機になったのは、95年世界最優秀ソムリエコンクールでの田崎真也さんの優勝です。これを機に、その専門性がクローズアップされ、プロフェッショナルとしてソムリエの存在が認知されるようになったのだと思います」

さらに次々誕生した日本トップクラスのソムリエたちにより、新たな活躍の場が開拓された。レストランをプロデュースし、メディアを通してワインの魅力を伝えるなど、一般愛好家層の拡大とワイン文化の浸透に貢献。サービスだけでなく、後進を育成する指導者として、またジャーナリストの役割をも担ってきた。「近年の世界最優秀ソムリエコンクール優勝者を見ても、レストランの現場だけにとどまらず、活躍の幅を広げています。これは、世界的な動向と言えるでしょう」

同時に、日本国内では人々が求めるソムリエ像にも変化が起こる。重要なのは、もはやその肩書きではない。それぞれが提供するサービスによって、どんな価値を付加することができるのか。ソムリエが、個性によって自らの価値を証明する時代の到来である。

世界における日本の役割と未来像

小飼さんは05年から日本ソムリエ協会会長を務め、07年にヨーロッパ以外の出身者として初めて、国際ソムリエ協会の会長に就任する。温かくも厳格な人柄で人望の厚い彼は、各国の協力体制強化と組織の透明性の実現が就任の目的であり、自らの責務であると語る。

「まずは、ワイン大国に成長したオーストラリアやニュージーランドなど未加盟の国の参加を促し、熱意ある国を平等に迎え入れること。初めから中心的地位を認められていたわけではない日本だからこそ、中立な立場を保ち、実現できると思っています」

日本のソムリエ史を築き、世界をリードするまでの険しい道のりを拓いた彼を、現場のソムリエたちはこう評する。「小飼さんほど、現場主義を貫くソムリエはいない。たとえ、組織の長となった、今でも」

活躍の場を広げた現代のソムリエが未来に向け一歩踏み出すために挑むべき課題について、小飼さんはこう指摘する。「この仕事の根幹をなすのは、人と接する技能です。常に人に対して感謝の気持ちを持つこと。与えられる喜びを知り、与える喜びの大きさを学ばなければ、最高のホスピタリティは生まれません。現状に満足した時点で、成長の道は断たれます。自らを客観視し、メンタリティを磨き続ける重要性を忘れずに精進してほしいですね」

先駆者として、ソムリエのあるべき姿を知り尽くした人物から、なぜ今この言葉が発せられたのか。未来のソムリエには、その真意に向き合う勇気と、この職業に対するいっそうの誇りが問われているに違いない。

「ソムリエ」の誕生と変遷

 レストラン文化の発展とともに、今や欠かせない存在となった「ソムリエ」。歴史上でワインの給仕が独立した役割となった起源をたどると、中世にまでさかのぼる。国王や領主が催す宴会で、領地内のブドウ栽培家にその役を命じたことに始まり、やがて登場した「セルリエ」(衣食住担当者)と呼ばれる修道院の会計係、食事やミサでワインを給仕する「エシャンソン」などの存在が前身と考えられる。封建制度が確立すると、エシャンソンは国王や皇太子にワインを給仕する名誉職となる。いっぽうで、諸侯や領主の遠征にともない、荷物の運搬を担当する役職、「ソミエ」が誕生。荷物やソミエを運ぶ牽引車の運転手がソムリエと呼ばれるようになった。
 時代の変遷とともに、語の意味は拡大し、宮廷役人としてワイン給仕係やパン係など、さまざまな役割を持つソムリエが出現した。フランス革命以降はレストランで働くようになり、現在の形態に近づいたのである。

小飼一至
1946年長野県生まれ。69年銀座「マキシム・ド・パリ」入社。73年に渡仏、「マキシム」で経験を積む。81年全国ソムリエ最高技術賞コンクール優勝。翌82年プリンスホテル入社。88年、パリ国際ソムリエコンクールで日本人初第3位入賞。92年フランス農事勲章受章。93年から07年まで国際ソムリエ協会技術委員。95年世界最優秀ソムリエコンクール審査委員長就任。05年日本ソムリエ協会会長に、07年国際ソムリエ協会会長に就任。同年、卓越技能章「現代の名工」受章。


木村千夏─文、鈴木 勝─写真

本記事は雑誌料理王国第165号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第165号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。