最高の立地で、最高の(値段も含め)ガストロノミーを目指して日々挑戦を続けるシェフ。仲間とのつながりをよりどころに、楽しいサービスにプライオリティーを置くソムリエ。あるいは、ひたすらハードワークをこなしながら、自らの理想のかたちを実現しているシェフもいる。
いずれも、〝ブーム〞とさえいわれる現代のイタリアンが、決して浮ついた流行ではないことを、身をもって証明している戦士たちである。

【東京・代官山】リストランテ ヤギ
八木康介

完成度の高さと新発想で拓く〝その先の〞東京イタリアン

海の幸とフルーツトマト

「彼のひと皿には洗練と調和がある」と、食通を唸らせる八木康介さんは、2011年、旧山手通り沿いに「リストランテ ヤギ」をオープンした。全面ガラス張りの窓。広々とした店内に、より開放的な光が躍る。

「マットな黒、木目、植栽の緑でやわらかなニュアンスを出したかった」と、随所にこだわり、楽しんで創り上げたレストランは、シェフの美意識の集大成。しかし、押しつけがましさはない。そこにゲストが訪れて、はじめて完成する美食の世界である。

現地シェフも注目 東京発イタリアンのおもしろさ

5年間、イタリアで修業し、トスカーナの三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」ではパスタを任された。

その後、銀座の「ブルガリ イル・リストランテ」ではシェフに。有名建築家によるガラスファサードが話題を呼んだ店から見える銀座の夜景は美しく、テーブルの上には洗練された料理が並んだ。

学生時代、ファッションへの強い関心からアパレル関係に就職した経験をもつ八木さんは、「あえて、自分の美意識を進化させられる店を選んできたかもしれない」と言う。

その料理は、イタリア人の感性をも刺激する。ミラノの「ブルガリ」でシェフを勤めた友人は、伝統的な味付けを好むタイプだが、「アクセントがほしい時、日本のイタリアンが参考になる」と讃える。八木さんの今後に注目するプロのひとりだ。

日本で本場の料理を出そうとするシェフが目立つなか、「東京で生まれた味を育て、逆輸出するのもおもしろいのでは」と考えるようになった。

実際、八木さんは、自身が得意とする冷製パスタを、イタリアで食べた経験はない。現地で、それをメニューに加える店が増えたのはごく最近の印象だ。この21世紀の旗手は、東京だけでなく、本場イタリアまで視野に入れて、〝その先の〞イタリアンを見つめる。

イタリアでは料理だけでなく、気持ちのよい挨拶と笑顔、コミュニケーションを学んだという八木さん。我が家へようこそ、という思いを込めて 「リストランテ ヤギ」 と名づけ、居心地よい空間を追究し続ける。

【東京・中目黒】イカロ ミヤモト
宮本義隆

「料理は人」、自身への厳しさを貫き、原点にこだわる

ビーツのラビオリ

ボリュームある肉料理で人気をとるが、縮みホウレンソウやビーツのラビオリなど、女性が「キレイ!」と舌を巻くメニューも揃う「イカロ ミヤモト」。「大いに食べて飲み、食事を楽しんでほしい」との思いから、2008年、シェフの宮本義隆さんが兄の宗隆さんとともに開いた。モットーは仕込みから「仕上げまで丁寧に」。たとえば鎌倉産の縮みホウレン草はタマネギと2時間炒めて甘味を出す。ごく当たり前に続けてきたことだが、それこそが「通いたい店」に挙げられる理由だ。

次代の才能を育てることで将来に夢をつなぐ

多店舗展開を試みる経営者が少なくないなか、「じっくりとこの店を育てていきたい」と抱負を語る宮本さん。外食を日常とする現代人を納得させるには、つねにシェフが厨房にいて〝現場〞を守ることが必須と考える。料理に専念できるという点で、サービスを任せられる兄の存在は大きい。

また、「人材育成が課題」。代官山の老舗「アントニオ」や石神井「ロニオン」などで修業を積み、7年のイタリア修業を経たシェフの下での修業は厳しいに違いないが、それにはわけがある。仕事をおざなりにしていた時期が自身にもあったのだ。

「ダメだったら別の仕事をすればいい」という、この気持ちが成長を妨げていると気づき、「料理を一生の仕事にしよう」と切り替えたのは22歳の時。宮本さんの本当の修業はそこから始まったといえる。

自分が学びとったように、後輩にもチャンスを与えたい。厳しさは、〝気づき〞を促す愛情表現なのだ。

どんな業界でも、支えているのは結局は人。「人材こそが財産」と、宮本さんは味も、人も育てる。

「鮮度」「安全性」「おいしさ」を基準に素材を厳選。ジューシーで食べ応えのある肉料理は「イカロ ミヤモト」の定番。メニューを決める際、自分ならこの料理にいくら払えるか、「つねにお客様の立場で考える」 と宮本さん。

【東京・西麻布】ペレグリーノ
高橋隼人

季節の青菜とリコッタチーズのトルテッリ(ラヴィオリ)

修業先の味を継承するパルマ料理の若き雄

「イタリアにあるのは各地方の郷土料理」と言われる。エミリア=ロマーニャ州の美食の都パルマは、パルミジャーノ・レッジャーノやプロシュット・ディ・パルマの故郷だ。高橋さんがパルマ料理にこだわって店を開いて3年と半年。開店資金は貯金と親からの援助、残りは日本政策金融公庫で借りた。借金はしたが、店内中央にはイタリア直輸入の手動生ハムスライサーが鎮座する。「こだわりの食材は生ハム」と断言する。パスタも客の目の前で打って、仕上げる。店名に自らの名前「ハヤブサ」を織り込んで、若き料理人は頑固に第二の故郷への愛を貫く。

パスタを手作りする高橋さん。野菜や魚介類は産直にこだわる。


上村久留美、山内章子=文 大野利洋、富貴塚悠太、星野泰孝、依田佳子=写真

本記事は雑誌料理王国第219号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第219号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。