醤油、酢、紹興酒など発酵食品を用いて味付け

日本では10〜11月だけが旬と思われている上海蟹だが、中国では春節まで楽しむ。また上海料理は甘辛いコッテリした煮込みが多いと思われているが、素材の風味を生かす調理法や精進料理も発達した。

代表的技法代表的料理
清蒸チンヂョン 清蒸鰣魚チンヂョンシィコィ ]鰣魚の姿蒸し
塩炒イェンチヤオ 龍井蝦仁ロンジンシャレン ]龍井茶葉と川えびの塩炒め
素揚げ炒双冬ツァオソントン ]タケノコの素揚げと干しシイタケの醤油煮
紅焼ホンシャオ 東坡肉トンポオロウ ]豚バラ肉の醤油煮 [紅焼獅子頭ホンシャオシイズトゥ ]肉団子の醤油煮

特産産の醤油で作る、甘辛く濃厚な料理

「『上海料理』とひと口に言いますけれど、上海そのものの歴史は意外に新しい。都市が発展したのは19世紀、租界ができてからなんです」と、東京・神田「新世界菜館」社長の傅健興さん。華僑の2代目で、中国料理の歴史にも詳しい。

日本で四大料理という場合の「上海料理」とは、江南地方、長江の下流、江蘇コウソ 省、浙江セッコウ 省、安徽アンキ 省一帯の東方の料理をひっくるめたものなのだ。

この地方は、気候が温暖で四季がはっきりとしている。緑豊かで風光明媚。「魚米之郷」と呼ばれるように、田畑では米や野菜が育ち、長江や湖では上海蟹や青魚(コイの一種)、ウナギなどが捕れる。この地では、海の魚よりも川魚のほうが好まれるのだ。さらに、龍井茶、金華ハム、鎮江の肴肉(ヤオロウ・塩漬け豚肉)、南京の板鴨(丸ごと平たくしたアヒル)などが作られる。これらは、特産品として高値で売買されるのだ。豊かで暮らしやすい土地で、人々は食べることを楽しむようになる。

とくに注目したいのは、紹興酒、鎮江の酢、醤油などの発酵食材が発達したことだ。水が豊かで質がよく、米や麦が豊富に採れるのである。「醤油や紹興酒を使った名物料理が『東坡肉』。豚バラ肉を箸で切れるほどやわらかく煮たものです。こういうふうに甘辛くて濃厚で、うま味があるものが東方料理の特徴のひとつ」と傅さん。

調理法では「紅焼」がある。醤油や砂糖のたれで煮てから、とろみのある濃い煮汁をからめたものだ。「醤紅ジャンホン 色」と呼ばれるツヤのある、濃紅色に仕上げる。

炒双冬ツァオソントン タケノコの素揚げと干シイタケの醤油煮
浙江省はタケノコの産地。その産地の新タケノコを使った素揚げは、甘く、やわらかく、えぐみがまったくない。干シイタケの醤油煮も淡い味付けで、香りがよく、素材のうま味を生かしている。

素材の持ち味を生かす調理法

「上海を含む東方料理のもうひとつの特徴は、素材の味を生かして仕上げるもので、ニンニクやトウガラシはあまり使いません」今回作っていただいた「炒双冬」は新タケノコを素揚げしたものだ。さくりとした歯ざわりと甘み、ほのかな香りが楽しめる。「えぐみがないから下ゆでの必要がない。京都長岡京産のタケノコに匹敵するおいしさだと思っています」澄んだ水が育てるジュンサイ、野菜類では、チンゲン菜、黄ニラ、豆苗。

そのほか、薺菜はまびし 塌菜きさらぎ など、一年を通じて、さまざまな野菜が味わえる。龍井茶葉と川エビの塩炒め「龍井蝦仁」も、代表的な料理。川エビに緑茶の香りをまとわせた繊細な炒め物だ。上海蟹は春節(旧正月)のお祝いには欠かせない。「酔蟹ゾェイシェ 」(酔っぱらい蟹)をはじめとして、さまざまな料理が工夫された。

「もともと素材そのものが優れているのですが、さらに素材の持ち味を生かす調理技術があるんです」

淡い風味を含ませながら蒸し上げる「清蒸」や、素材をスープに入れて加熱し、具とスープの両方を味わう料理に仕上げる「清燉チントゥン 」という技法だ。

清朝時代、東方の料理は北京の宮廷のあこがれの的であった。4代康熙帝、6代乾隆帝が何度も足を運び、政府要人も競って揚州の料理人を雇ったり、料理を習わせたりした。宮廷料理に大きな影響を与えたのである。

紅炒閘蟹ホンサオヂャアシェ  上海蟹の醤油炒め
上海蟹の醤油炒め。上海蟹の旬は初冬から春節ごろ(2月)まで。卵を持ったメスと同様、白い脂肪を蓄えたオスも美味。蟹の持ち味と醤油が相互に引き立て合っている。

仏教が盛んで精進料理も発達

仏教が盛んで、精進料理「素菜」が発達した。素菜は動物性たんぱく質、ニンニク、ニラを使わず、野菜やキノコ、豆腐加工品で作るもので「煮乾絲チュウガンス」や「羅漢斎ルオハンヂャイ(精進料理の五目煮)」などがある。日本の遣唐使たちは、江南の首都・明州(寧波)を経由して、長安(西安)をめざして船出した。奈良の唐招提寺を創建した高僧・鑑真は揚州の出身である。

「東方の僧たちの料理が日本にも根付いていったのでは、と考えています」と傅さん。僧たちの食べる料理やその調理法が、広く人々に浸透していったのかもしれない。

便宜上、上海料理といわれている東方料理は、濃厚な味だけでなく繊細な料理、そして精進料理まであり、時の皇帝をも魅了してきたのである

text by Hisae Nakashima/photographs by Hiroshi Fushiki

本記事は雑誌料理王国159号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は159号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。