イタリアンの一流シェフが「能登島豚」の魅力を引き出す

ロッシ 岡谷文雄さん

脂身を劇的に旨くする乳酸発酵とどんな部位にも合うソースの調理法

食感や味わいなどを見極め、食材を最高のコンディションで客に出すことに岡谷文雄さんは神経を集中する。「肉の仕上げについては、やわらかすぎても硬すぎてもいけない。脂身がプリッとしていて、スジの食感や旨さが感じられる状態でゲストにふるまう。それが理想です」。脂だけでなく、スジの旨さにこだわる姿勢が、匠とされる所以だろう。なるほど、「ロッシ」の肩ロースのローストは、スジが旨い。むしろそれを味わってほしくて肩ロースを使うのだ。

赤身と脂、硬さとやわらかさ旨さを支配するのはバランス

豚肉の間違った常識を貫いてはいないだろうか。たとえば日本人に馴染みの深い豚の角煮は、煮込むほどに肉がやわらかくなって旨くなると思いがちだが、岡谷さんによれば、「煮込み時間は1時間15分が限界。これを過ぎるとスジはやわらかくなるものの、脂が溶け出して、旨味は失われていく」。おまけに強火で調理を終えると、余熱で火が入ってしまう。1時間を過ぎたら弱火にして、温度を下げていくことが肝要だ。「肉はやわらかいほどおいしい」という誤解を解くために、バラ肉をバルサミコと赤ワインで煮る料理をメニューに加えたこともあった。岡谷さんが煮ると、もちろんスジまで旨い。おいしさの裏には「煮込み料理の適温を知ってほしい」というシェフの思いが込められていたのだった。

そんな岡谷さんから、誰にでもできる「豚肉をよりおいしくする調理法」を聞いた。用意したのは石川県七尾市で肥育され、おいしさに定評のある「能登島豚」のバラとモモ。これらの部位は、どちらかというと家庭向き。「ロッシ」でも、好んで調理するのは肩ロースだが、イタリアンにおける豚肉調理の可能性を広げる意味でも、あえて馴染みのない部位で腕を振るってもらうことにした。

素材に対する〝遊び心〞が定番のメニューを進化させる

「豚肉は旨味のある食材だから、ふつうに焼いただけでもおいしいですよ。能登島豚は、とくに脂身がよい印象だったので、それを強調する調理法を考えました」とシェフ。その調理法とは「乳酸発酵」。脂の多いバラなどに有効で、牛乳、ヨーグルト、香草などに肉を浸け込んで下拵えをする。ヨーグルトに牛乳を合わせると再び発酵が始まり、これに伴って、脂身の味わいが劇的に変化。発酵が進むと脂がいっそう甘くなる。ほのかな酸味が、後味をさわやかにする。匠がこの手法に気づいたのは10年ほど前で、「発酵をテーマにメニューを考える機会があり、〝遊び〞でやってみたのがこの乳酸発酵でした」。

一方、バラに比べると淡白で〝個性〞に欠けるモモについては、ソースに工夫した。比較的どんな部位にも合い、それでいて各部位の食感を引き立てるソースにしようと思いついたのが「カチャトーレ」。香草の利いたトマト味のソースと、浅めの火入れで、ハムのような食感に仕上げたモモ肉との相性は抜群にいい。

さらに、食材として豚肉を使うだけでなく、「調味料」として活用する技もある。それを活かしたのが、「ロッシ」特製のトリッパ。調味料感覚で使うのは、豚足だ。臭み抜きをして煮込んだ豚足の煮汁でトリッパを煮込むと、コクと深みのある味わいに仕上がり、最後にぶつ切りの豚足を合わせるので、食べ応えも十分だ。

豚肉を自在に扱う岡谷さん。これからも匠ならではの遊び心で定番の肉料理の旨さを守りつつ、新たな味の提案も続けていくことだろう。

乳酸発酵豚のロースト

乳酸発酵は肉の中でも豚肉に最適で、ことにバラ肉など、脂の多い部位に効果を発揮する。発酵後の肉はローストすると脂身が甘く、仕上がりも軽い。ジュまでがさわやかな印象になる。

豚モモ肉のカチャトーレ

「カチャトーレ」とは「猟師風」の意で、トマト味の肉の煮込みを指す。イタリアの伝統料理のひとつで、鶏肉が用いられることが多い。

Fumio Okaya
1966年、岐阜県出身。名古屋のレストランで修業し、89年に渡伊。帰国後、「アクアパッツァ」などを経て独立。99年「フェリチタ」の料理長に。2011年、「ロッシ」をオープン。右はスタッフの原耕平さん。

上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国226号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は226号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。