「和食の教科書」ぎをん献立帖

「浜作」は、変化球なしの直球勝負が本領
日本料理が大切にすべきは素材と季節感と出汁。

昭和2年9月1日の創業以来、板前割烹の魁としての矜持を守り続ける「京 ぎをん 浜作」。その三代目当主・森川裕之さんは、日本の古典芸能からクラシック音楽やオペラ、文学や絵画まで、素養の広さと深さで知られる。満を持して上梓した著書は、題して『和食の教科書』。いま、なぜ「教科書」なのか。著作の意図や、日本料理の本質について聞いた。

和食の教科書 ぎをん献立帖 森川裕之 著
世界文化社 2400円+税

ふつうの日本料理を、ふつうの
作り方で、スタンダードに

「和食」の定義は難しいですが、なぜ書名を『和食の教科書』としたのかというと、この日本には、八百八州それぞれの土地に根付いた食文化あり、私は京都に生まれ育ちましたから、京都人としてのアイデンティティを基にした、ふつうの日本料理を、ふつうの作り方で、スタンダードに料理して残しておきたいと思ったからです。このごろでは、あまりに安易に紛い物が横行しているので、鯛の御造りはこういうものです、鱧のお吸い物はこんなに柔らかいものです、という「ふつう」を、記録しておきたかった。たとえば京都の出汁は、それぞれの素材からその本来の味と旨みを引き出す「相対的な存在」でなくてはいけません。旨すぎる出汁、鰹や昆布の個性が際立ち過ぎて、その味が口に残るようでは、最上の一番出汁とはいえません。「焚き合わせ」は、シテ(主役)とワキ(脇役)、淡と濃の対比を考え、出汁煮込みをしっかりして、じっくりと味付けをする。そして、ご馳走の後は炊きたての美味しい白いご飯。

私が学生のころまでは、私のような考え方が京都のふつうの考え方で、ひいては、それが日本の料理のふつうの考え方でした。それが今では少数派になってしまいました。「ふつうの料理」=陳腐だという風潮すらあります。しかしながら、毎日お客様と向き合って料理をしている自分が断言できるのは、お客様は「ふつうの料理」を望んでいらっしゃるという実感です。だからと言って、私は前衛を否定しているわけではなく、むしろ前衛には敬意を感じます。ただ、前衛と思いつきは全く違う。

京都では、季節によって移り変わる旬の京野菜を、より美味しくいただくために、貴重な海山の幸をいろいろ組み合わせた結果、最良の「出会いもの(相性)という道標を、先達が残してくれました。鯛と蕪、鴨と葱、海老芋と棒鱈などなど。軟な「新しい料理」を考える前に、たとえばその海老芋を毎日毎年繰り返して何百回も煮る。その単純な料理法を真剣に試みるなかから、思わぬ美味が生まれます。それが料理の醍醐味です。そうした百の伝統を繰り返し習得した末に、初めて新しいものがひとつ生まれる。前衛はその瞬間、刹那に、立ち昇るものだと思います。

何千回、何万回と同じことを繰り返すことによって生まれる熟練の妙。その妙を日本文化は最も大事にしてきた。これ見よがしの技巧本位がなくなって初めて出てくる精神的な深みと、熟練による枯淡。そういうものが混然一体となって妙が出てくる。

日本料理は、いい意味での独善性を保つべき

日本料理が最も大切にすべきもの、それはまず素材。次に季節感。そして出汁。もちろん水も大事ですし、包丁も大事です。私は素材が八分、料理は二分と思いながら、毎日料理をしております。魚も海から上がった瞬間から鮮度が落ち始めますから、本来、料理は地産地消であるべきです。ですから、最近声高に言われている「日本料理のグローバル化」には疑問を持っています。意欲的な料理人の方たちが海外と交流なさるのは、結構なことだと思います。ただ、日本料理はグローバル化とは無縁であるべきだと思います。

そもそも、日本と西洋では思考回路がまるで違う。言葉ひとつとっても、日本語には互換性がない。土壌の異なる地で日本料理を受け入れていただくには、敷居を下げざるを得ないでしょう。けれども、何百年もかけてせっかく築いてきた敷居を、なぜわざわざ下げなければいけないんですか? 一度下げれば、あっという間に敷居はなくなります。柔道がJUDOになり、いまや本拠地がフランスになろうとしているのと同じことが、日本料理でも起きます。高度経済成長以降の東京一極集中の波に料理界が呑み込まれなかったのは、京都の存在があったから。京都が排他的だったから良かったんです。日本料理も、いい意味での独善性を保つべきです。

御贔屓献立帖のトップには谷崎潤一郎。昭和30年代初頭の夏の日、初めて来店し「鱧が食べたい」と言った谷崎に出した献立は鱧の葛たたきや鱧まむしだった。

歌舞伎役者・中村吉右衛門氏は、「年こそ私よりお若いが、森川さんは同じ思いを持つ人、いわば同志」と寄稿。初代吉右衛門と初代浜作の時代から、3代にわたる付き合いである。

「古都の味 日本の味 浜作」店の常連だった川端康成が書いた書がゲストを迎える。川端康成は、1人で来店し、いつもカウンターの一番隅の定位置から包丁捌きを観察していたという。

京都の「出会いもの」の例

鰊 ― 茄子
鯛 ― 蕪
鱧 ― 松茸
鰤 ― 大根
葱 ― 鮪
若布 ― 筍
海老芋 ― 棒だら
鴨 ― 葱
牛 ― 玉葱
豚 ― じゃが芋
鶏 ― 三つ葉
鶉 ― 芹
蕗 ― 生節
牛蒡 ― 鰻、どじょう
浜栗 ― 独活
浅利 ― 三つ葉
蛸、床ぶし ― 大根
Hiroyuki Morikawa

1962年生まれ。京都・祇園の板前割烹「京ぎをん 浜作」の3代目主人。「浜作」は日本最初の割烹料理店で、料亭が主流だった昭和初期に、祖父・森川栄が創業した。川端康成を「古都の味 日本の味 浜作」と嘆息させた。

京 ぎをん 浜作
KYO GIWON HAMASAKU

京都市東山区祇園八坂鳥居前下ル
下河原町498
☎075-561-0330
● 11:30〜14:30(14:00LO)
17:00〜
●水休
www.hamasaku.com

本記事は雑誌料理王国234号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は234号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。