よりよい食材を求め、感動と発見のあるひと皿のために、常にアンテナを張ることによって研ぎ澄まされるシェフの五感。食材を見るだけで、あるいは香りを嗅ぐだけで、食材の良し悪しを察知する。そんなシェフのひとり山口浩総理長が推薦する「神戸髙見牛」は、まさに牛肉の中の牛肉だ。「これぞ」と太鼓判を押すのがトップシェフなら、それを提供する生産者もまた一流の人である。

「最高の牛を育てたい」という生産者の情熱とひと皿に託す料理人の思いは同じ。職業の違いを超えて通じ合うものがある。

「いい肉は仕事がしやすい」と山口シェフは言う。たとえば、骨付きのリブロースからステーキ肉をとる場合、質のよくない肉は骨の周りの脂や身がおいしくないので、きれいに取り除く必要がある。ところが上質な肉は、骨の周りの脂まで味や香りがよいので、それをつけたままの状態で捌き、ステーキとして客に提供できる。つまり無駄になるところが少ない。「歩留まり率を考えると、肉の仕入れ値は、必ずしもキロ当たりの値段では比較できないんです」。

そんな山口さんが、今、惚れ込んでいる牛肉が、兵庫県丹波市にある髙見牧場の「神戸髙見牛」だ。その理由を知るべくシェフの案内で髙見牧場を訪ね、さらに素材の魅力を活かした肉料理を披露してもらった。

7年の付き合いになる髙見さん(左)と。「色や香りがよく、さらに実際に触れてみて、その弾力感や指に馴染むさらっとした脂で、上質な肉であることがすぐにわかった」と山口シェフは最初の印象を語った。

繁殖農家と肥育農家の両方の機能を持つ髙見牧場

品質と旨さが認められ、今や「入手困難」とさえいわれる神戸髙見牛だが、山口シェフが仕入れ始めた7年前は、それほど注目されてはいなかった。短期間で「神戸髙見牛」が有名になったのは、牧場のオーナーである髙見進さんの努力の賜物といって間違いない。「牛のプロ」髙見さんの原点はどこにあるのだろう。

農業を営んでいた髙見さんの生家では家畜として牛を飼い、その面倒を見るのは子どもの役目だった。髙見さんは、学校から帰ると山へ牛を連れて行き、山の自然に触れながら、宿題などもそこで片付けたという。牛に対する知識と愛情は、こうした暮らしの中で育まれていった。

だが、髙見さんが最初に就いたのは電話工事の仕事。やがて会社を経営するまでになり、仕事で関西地方を回ると、あることに気づいた。「関西は日本でも有数の牛肉圏ですから、食べ物の話となると必ず牛肉の話題が出るのです」。すると少年時代の記憶が蘇り、「いつか自分で牛を育てたい」と思うようになった。
1982年、牛の種付けから肥育、牛肉の出荷までを一手に担う「髙見牧場」は、こうしてスタートするのである。

「グルメリア但馬」のメニューには、イチボやサーロインなど、複数の部位が楽しめる神戸髙見牛のあみ焼きコースも用意されている。また、希少部位であるタンなども味わえる。

日本の和牛農家の場合は、繁殖農家と肥育農家の分業が一般的だ。繁殖農家とは、母牛とその母牛から生まれた仔牛の飼育を目的とし、生後7カ月から9カ月の仔牛を売って生計を立てる農家のこと。これに対して肥育農家は、この仔牛を買い、20〜22カ月ほど肥育して肉用に太らせてセリに出すまでを請け負っている。ところが髙見牧場は、これらの仕事を一貫して行う数少ない牧場のひとつなのだ。なぜそうするのか、そこに髙見さんの理念がある。

「繁殖農家も肥育農家も、牛を売ったお金で生計を立てているのから、少しでも高い金額で売りたいと思うのは当然です」。ところが、そのために牛に無理をさせてしまうことが少なくない。たとえば、生後9カ月の仔牛はそれほど筋肉がついていないから、見場もよくないのが自然。なぜならそれは牛にとって、筋肉ではなく、しっかりした胃を形成するための時期だからだ。ところがそれをセリにかけて売るとなれば、少しでも見栄えよく仕上げたいのが人情。「そこで、必要以上に筋肉を付けさせる育て方をして、牛にストレスを与える生産者が少なくないのです」

純血の但馬牛の仔牛は3カ月になるまで、母牛と一緒に飼育される。

そのことが、結果的に牛肉の質を落とすことにもつながっていく。仔牛セリ前にピークを作るような飼育が、よいはずはない。

繁殖と肥育を一貫して行うのは、和牛の質の向上を目指してのことだ。牛舎に入ると、牛に触れ、声をかけ、1頭1頭の健康状態を確かめる髙見さん。牛はそんな髙見さんに穏やかな視線を向ける。「ストレスなく育った牛は性格がおっとりしていて、そういう牛の肉ほどおいしいんです」と自称「牛博士」の髙見さんは言う。こう語りつつ、牛の姿をやさしく見守る髙見さんの姿も印象的だ。

1000m級の山々が集中し、四季の変化に富んだ美しく豊かな自然環境が但馬牛を育んできた。

但馬の血を絶やさないためには他県の牛との交配が不可欠

「健康でおいしい牛を育てるためのポイントは第一に餌」。髙見牧場ではフスマ、大麦、トウモロコシ、大豆粕等を配合した「グルメビーフ」と呼ぶオリジナルの飼料のほか、トレハロース、パイナップル粕、サトウキビ粕、ビタミンA、ベーターカロチンを配合した牧草のキューブなどを、必要に応じて与えている。

牛の健康を第一に考えるこの牧場では、純血但馬牛(良質のものは神戸ビーフに認定される)も、それ以外の黒毛和種の肉もすべて「神戸髙見牛」の名で出荷している。実は髙見牧場の黒毛和種には、純血に50〜75パーセント程度但馬の血を引く牛を掛け合わせたものも多い。そして、掛け合わせた牛であっても、純血の但馬牛となんら遜色ない味わいの肉に仕上がるという。それでも、すべての肉を、「神戸髙見牛」の名で統一しているのは、さまざまな摩擦を避けてのことだという。

「ただし、純血とハイブリッドの肉を同じレベルに仕上げるのは簡単ではありません」と髙見さん。決め手は、産まれたての仔牛の親離れの時期で、「何日目で母牛から離すか」という点を見極めなければならない。「純血の但馬牛の場合は、掛け合わせの黒毛和種に比べると体も性格も弱いので、丸3カ月間、母牛と一緒にしておきます。これに対して、強いのがハイブリッドの黒毛和種。生まれて4日目には母牛と離します。こうすることで母体の回復が早まるだけでなく、仔牛も早く人に慣れるというメリットがあります」

牛の健康を考えて、餌には細心の注意を払っている。

そこで、髙見さんは初めて、但馬の純血種にあえて他県で飼育された但馬系の牛を掛け合わせる必要性を明かした。「但馬牛の血を守ることはもちろん大切ですが、純血同士の掛け合わせが進むと血が濃くなって、奇形が生まれたり、弱くて育たない牛が生まれたりすることがあります。ですから、ほかの牛の血を入れることはとても重要。たとえば但馬の血をひく牛と純血との掛け合わせを繰り返し、8代目くらいで純血の但馬牛を生み出すことも可能なのです」。

こんな髙見さんの繁殖法に対して、「但馬牛の血を汚す」と批判する人もいないわけではない。しかし、髙見さんにとって、それは想定内。それでも繁殖を続けるのは、そうすることが旨い肉を生み出すだけでなく、ひいては、但馬牛の将来をも守ることになると信じているからだ。

霜降りの牛肉を作るためにいろいろな技術を駆使する生産者がいる一方で、髙見さんの場合は、健康な牛、おいしい牛肉を目指したら、結果的にきれいな霜降りになっていた。

「両者は似て非なるものです」と言う山口シェフの言葉が、すべてを言い当てている。現在75歳の髙見さんだが、生産者として、和牛の守り手として、まだ解決すべき問題はたくさんあるという。自身の強い信念のもと、物事の本質を知るシェフたちの応援に支えられて、これからも旨い肉への挑戦は続くのだ。

牛舎には牛のデータを記入した名札のような識別表が、あちこちに掛けられている。

神戸髙見牛の塩パイ包み焼き 温製ポテトのピュレとフォワグラテリーヌのシャ−べット

ポテトのピュレとフォワグラテリーヌのシャーベットが入った容器から立ち上るスモークが、動きのある楽しさを演出。この極端に温度の違うふたつの料理が口の中で混ざり合う瞬間の不思議な感覚も、近未来的イメージの料理とマッチしている。

焼き色を付けずに肉そのままの色を活かすことでモダンな印象に仕上げる

ロース肉は57℃のオイルバスの中で火を通す。

液体窒素で−196度に冷却してパウダー上にしたフォワグラをガラスの器に入れ、その上からエスプーマ容器で70℃にしたポテトのピュレを、円を描くように絞りながら盛った「温製ポテトのピュレとフォワグラテリーヌのシャーベット」

1の肉を塩パイの生地で包み、竹墨を塗り、コンベクションオーブンで加熱。

神戸髙見牛のローストと煮込みの食べ比べ野菜畑のデザイン

パイ包み焼きとは対照的に、こちらは華やかで伝統的フレンチの流れを汲むひと皿。色鮮やかな多種類の野菜を使って牧場の景色を表現。焼いたロース肉とバラ肉の煮込みを牧場で遊ぶ牛の姿になぞらえたという。

オイルバスでうま味を引き出してからローストする

バラ肉は赤ワインに4日間ほど付け込んでからフライパンで焼き、これをさらに煮込む。

ロース肉は57度のオイルバスに入れて、高温短時間熟成させてから表面をさっと焼く。このように調理した肉は、最初からフライパンで焼いた肉よりも旨味が強い。

Hiroshi Yamaguchi

1960年、兵庫県生まれ。フランスの名店「ラ・コート・ドール」のベルナール・ロワゾー師に師事。2000年には、「神戸北野ホテル」の総料理長に就任した。11年、「ルレ・エ・シャトーグランシェフ」の称号を授称。今年6月にはロワゾー氏の名を冠したレストラン「エ・オ」を大阪・阿倍野にオープン。

髙見牧場の敷地内には神戸髙見牛直売所「安食の郷」があり、髙見牧場グループのレストラン「グルメリア但馬」の市島店や宇治店等でも神戸髙見牛が味わえる。

グルメリア但馬 市島店
gourmetriatajima ichijimaten

兵庫県丹波市市島町上田46
☎0795-85-2612
●11:00〜21:00(20:30LO)
●木休
●コース 昼3800円〜 夜4200円〜
●100席
www.gourmetria.com/

神戸北野ホテル
フレンチレストラン アッシュ
KOBEKITANOHOTEL

兵庫県神戸市中央区山本通3-3-20
☎078-271-4007
● 11:30〜14:00
18:00〜21:00
●コース  昼5775円〜(平日3675円〜)
夜10500円〜(サービス料別)
●無休
●40席
www.kobe-kitanohotel.co.jp/
restaurant

上村久留美=取材、文 村川荘兵衛=撮影

本記事は雑誌料理王国233号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は233号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。