2017年、世界のベストレストラン50で世界一。ミシュラン三つ星にも輝く、NYのフレンチレストラン「イレブン・マディソン・パーク」。実は6月10日から、肉を一切出さないプラントベースのレストランへ業態変更した。シグネチャーの鴨料理も封印し、日本の精進料理の考え方も取り込んだ、その新しい料理とは?

2017年に改装された店内。地域社会への貢献をと、NYを拠点とする非営利団体、Rethink Foodと共同で、店内で食事をするゲスト1名ごとに、地元の貧困層に5食の食事をスタッフが配達している。

下から、タラゴンとアボカドのピュレ、発酵バジルとミント、燻製大根(大根は昆布と共に下茹でし、茹で上がった昆布はピュレにして、大根に塗ってから脱水、燻製をかけている)。最上層は全てきゅうり、細かく刻んだもの、切れ端のジュース、皮は粉末にして、米酢のパウダーと共に最後にふりかける。

コロナ禍がもたらした「気づき」

5月3日、「あのイレブン・マディソン・パークがプラントベースに業態変更する」というニュースは、世界を驚かせた。このコロナ禍は、世界一のレストランにも大きな影響を与えた。「仲間のほとんどを、解雇せざるを得ませんでした。店が存続できるのかすらわからなかった」(ダニエル・フムエグゼクティブシェフ)という言葉が示すように、新型コロナウイルスが猛威をふるったNYでは、約15ケ月店内営業ができず、少ないメンバーで家庭向けのテイクアウトやデリバリーを行なうなど、精神的にも苦しい時期を過ごすこととなった。

「世界だけではなく、私たち自身も変わったのだから、同じ料理はできないと感じました。中でも、現在の食のシステムがあらゆる意味でサステナブルでないことが、一層明確になりました」。

常に料理は時代性を映す鏡であり、ゲストとの対話のようなもの、と位置付けてきたフム氏にとって、今のNYの人々の気持ちを反映させたコースを作る、と言うのは自然なことだった。

地球との関係性を築く
「プラントベース」が与える「自由」

とはいえ、すぐさま必ずプラントベースに変えようと決めて動き始めた訳ではない。「まずは色々とやってみて、以前と同じように記憶に残る体験ができる場合のみ、プラントベースに方向転換しようと決めたのです」。その考えのもと、チームのチャレンジが始まった。自分たちの料理のどの部分が最もおいしいのか、そして、動物性の製品を一切使わず、いかにしてこれまでに提供してきた味の流
れを汲み、同じレベルの味や食感を達成することができるのか。そして、有名なラベンダーの香りと蜂蜜をまとわせた鴨料理のように、長年作られてきたシグネチャーと同じ完成度が生み出せるのか。課題は山積みだった。

そんなチームの精神的な支柱となったのが、日本の精進料理人、棚橋俊夫氏。棚橋氏はこれまでも、アラン・デュカス氏、レネ・レゼピ氏に精進料理を伝えるなどの活動を行なってきた。4月から40日間にわたりNYに滞在し、日本から持ち込んだ100キロもの植物性の食材で野菜の素晴らしさを伝える精進料理を作り、試食してもらうだけではなく、フム氏をはじめとする主要メンバーとともに、毎朝1時間の胡麻擂りを行うなどして、食材と向き合う時間を持つことの大切さを伝えた。

フム氏は語る。「夜中に目が覚めて、かつて私たちを定義していた料理を捨てるリスクについて悩んだこともありました。しかし厨房で野菜のスープやストック、植物性のミルクやクリーム、バターを作ることに集中したり、発酵の方法を考えたりするうちに、最初は制限だと感じていたものが、実は自分たちを開放するものだということに気づいたのです。まだまだ知るべきことは多くある。そう
いったこと全てが、新しいファインダイニングの可能性を提案してゆく自信を与え、これは取るべきリスクだと信じさせてくれたのです」。

新しいファインダイニングとは、新しいラグジュアリーの提案でもある。フム氏は、ラグジュアリーを『より高い目的を果たし、コミュニティとの真のつながりを維持する体験』として再定義すべきだと考えている。

「レストランの体験は、皿の上だけではありません。私たちの家、つまり私たちの町と地球そのもの、両方との関係性を深めながら、プラントベースの素晴らしい可能性を共有するのにワクワクしています」。

貧困層への食事のサポートはコロナ禍でのミールキット販売時からスタートしており、提供した食は合計100万食にもおよぶ。地域社会との新たなつながりが生まれ、「これまで以上にNYが好きになった」とフム氏は語る。

ローストしてからグリルしたナスに、それぞれ異なった酸度や風味、色あいのピクルス液に漬け込んだナスを半月形に切って乗せ、紫蘇とコリアンダーの花を飾っている。

Daniel Humm
1976年、スイス生まれ。24歳で初のミシュラン一つ星を獲得、2006年〜イレブン・マディソン・パークのシェフ。地元の食材を多用し、シンプル、純粋、季節感をテーマにした料理を生み出している。
©Sebastian Nevols

Eleven Madison Park
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text: Kyoko Nakayama

本記事は雑誌料理王国318号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は318号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。