鉄の国、岩手県が育んだ食文化

岩手県は、ケガチ(飢餓)の国といわれてきた。夏、太平洋側から吹く冷涼な海風やませが県北部の稲作を困難にし、人々を悩ませた。しかし、この厳しい地に日本の原点を感じさせるものがなんと多いことか。二戸地方、浄法寺の漆、雑穀、久慈地方の山ぶどう。いずれも縄文時代から存在したものである。7月の二戸市浄法寺町では、漆の木にカンナで傷をつけて樹液を採取する、漆掻きが始まっていた。8月には盛り漆と呼ばれる最高品質の漆が掻けるという。山の稜線にかかる霧のような雲が、もしかしてやませなのかと地元の人に尋ねれば「いや。あんなものじゃなくて、白い塊が山の背をヌワツと駆け上がる」のだそうだ。

やませが育んだ食文化と
人々の気質の関係性

二戸市で有機栽培の雑穀作りで知られる高村英世さんを訪れた。「県の北部は、昭和30年代まで米が採れず雑穀を食べてきました。東北地方を大冷害が襲い、米産地が飢餓で苦しんだ時、岩手は雑穀に救われた。北岩手の宝です」と高村さん。同様にやませに打ち勝ち、むしろそれを強みに育つ農作物がほかにもある。沿岸から山へ、高い標高に育つ山ぶどうは、やませの中で育つ。やませが落ち着
く8月中旬から太陽を浴び糖度を上げる。鉄分豊富で、この地方の女性の産前産後の栄養不足を補ってきた。冷涼な地に強いいわて短角和牛もまた、同じ土壌に育つ。厳しい自然と闘ってきた岩手の人々は、内気でなかなか心を開かないが、信頼すれば身内の如く受け入れるという。そんな姿が、古来の日本人と、どこか重なる。

岩手県で鉄器づくりが発達したのは、原料となる砂鉄や鉄鉱石が釜石、久慈などで豊富に調達できたことによる。いわて短角和牛、山ぶどうなど北岩手の食材は、いずれも鉄分豊富だが、土壌との関係が深いのではといわれる。

雑穀、山ぶどう ――― 二戸市・久慈市

高村英世さんは、日本で初めて雑穀栽培の有機JAS認定を受けた人。ヒエ、アワ、キビなどを栽培する。90年代、都会の子供のアレルギー問題を知り、「北岩手から届けられるものを」と有機栽培に踏み切った。たくさんの人々からの感謝、反響が高村さんを支える。また、山ぶどうの加工品に早くから取り組む佐幸本店は、木で完熟した山ぶどうを3年ねかせ、酸味成分の酒石酸を取り除いた飲料を生産。非常に稀有な加工方法である。

雑穀生産者の高村英世さん。現在、国際オーガニックの認定を受けるべく、さらに厳しい栽培規定に挑戦している。雑穀だから体にいいのでなく、肝心なのはやはり栽培方法だ。

「完熟山のきぶどう」。背景が山ぶどうの木。「ブドウの原種といわれる東欧のブドウの葉が、山ぶどうの葉にそっくりで驚いた」と社長の佐々木茂さん。

珠玉の生活工芸品を扱うことで知られる「光原社」(盛岡市)で扱う山ぶどうの蔓のかばん。作者広田みつおさんは、工芸作家でなく農家。故伊丹十三氏もお気に入りだった。

ワイン&レストランヴァンダンジュ ――― 盛岡市

「岩手の食材をワインとともに楽しんでほしい」というオーナーの福井富士子さん。小澤智範さんは、いわて短角和牛をイタリアンのコースで供する。「アキレス腱のカリカリ焼き、サルサヴェルデ添え」「シマチョウの煮込み、白胡椒風味」などここだけの味に。魚介類は三陸から届く。小澤さんは生産者を積極的に訪ねるが、それは「食材がよくても、人を知って初めて関係が続く」から。岩手の食材を熟慮し、施す手立てはみごとだ。

ホヤのサラダ、軽くグリルしてオレンジとサラダ仕立て」。ホヤに軽く火を入れオレンジ風味でワインに合う前菜に。ホヤのほろ苦さが、海辺の白ワインに合いそうだ。

短角牛のコースから「レバーのグリル、アンチョビ・タマネギ・ケイパーのソース」は赤ワインで。レバーの甘味を生かしたソースとともに提供。

オーナーの福井富士子さん(右)とシェフの小澤智範さん(左)。2003年のオープンから、ワイン文化を盛岡で広めるべくタッグを組んできたふたり。

成谷(なりや)自然食の会 ――― 久慈市

久慈市山形町で、成谷自然食の会が運営する「そばの匠館」では、地元の女性グループが郷土の味を伝える。岩手県でも山形町、葛巻町だけというめずらしいそばは、つなぎに水は一切使用せず、卵と豆腐だけでつなぐ。もうひとつの郷土料理、まめぶは小麦粉にクルミと黒砂糖を包んだ団子で、本シメジとカツオのだしで煮たしょっぱい野菜汁に入れる。ツルリとフワリ、独自な食感のまめぶの黒砂
糖の甘味が、塩気のある汁と想像以上に合う。

成谷自然食の会のお母さんたち。会長の岩脇ヨシエさん(右)は、そばの匠でキノコ採りの名人。「そばの匠館」には、裏山に住んでいるカモシカが遊びに来ることもしばしばあるという。

料理は事前予約のみで受け付けている。季節の食材と地元の保存食を組み合わせた御膳。まめぶとそばは通信販売も行う。最近まめぶの人気が口コミで広がっているという。

岩手県は全国的に見ても豆腐の消費量が多い県。写真は盛岡市内で100年以上続く豆腐の老舗「上野(うわの)豆富店」の豆腐。盛岡市内には生活用水としての井戸が今も健在だ。

岩手県

西の奥羽山脈と東の北上山地、岩手県には2本の背骨がある。県北部は、太平洋側から吹く冷風やませにより米作に向かず、雑穀やソバ・小麦の食文化が発達した。リアス式海岸で知られる三陸は、天然コンブをエサに育つウニ、ホヤ、アワビなどの産地である。県庁所在地の盛岡市は鉄器など旧南部藩の文化が今も息づき、古い町屋が情緒を醸す都である。

㈱佐幸本店
岩手県久慈市小久慈町2-2-15
● Phone 0194-53-3121

浄法寺漆の殿堂 滴生舎
岩手県二戸市浄法寺町御山中前田23-6
● Phone 0195-38-2511

成谷自然食の会
岩手県久慈市山形町霜畑9-24-2
● Phone 0194-75-2315

南部鉄 釜定
岩手県盛岡市紺屋町2-5
● Phone 019-622-39110

北岩手古代雑穀
岩手県二戸市米沢字荒谷70
● Phone 0195-23-6591

上野豆富店
岩手県盛岡市南大通2-3-7
● Phone 019-622-7267

ワイン&レストラン ヴァンダンジュ
岩手県盛岡市神明町5-21
●Phone 019-651-2931

協力/岩手県工業技術センター、
岩手県久慈・二戸地方振興局、㈱グッドテーブルズ

text by Kaori Shibata photographs by Chizuru Takata

本記事は雑誌料理王国184号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は184号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。