レストラン関係者ならその名を知らない者はないというほど有名な野菜生産者がいる。斬新な発想と独自の栽培法で、本場を凌ぐ味の西洋野菜を作り出す浅野悦男さんだ。シェフたちを刺激してやまない超個性派生産者の野菜哲学と、今の境地を知りたくて、千葉県八街市の畑を訪ねた。

「シェフズガーデン エコファーム・アサノ」は、野菜にこだわる料理人にとって、巡礼地のような存在だ。大量生産の野菜とは明らかに異なる浅野悦男さんの野菜に魅せられ、畑に通いつめるシェフたちのなんと多いことか。彼らが口を揃えて言うのは、「浅野さんと話していると、とにかく刺激を受ける。新しい料理を着想する」ということ。「厨房で行き詰まったシェフなんかもよく来るね(笑)。だから数年前に納屋を改造して、テストキッチンを作ったんだ。畑から野菜を採ってきて、みんな勝手に料理を作ってるよ。ここで得たインスピレーションを元に、店でいい料理を提供すればいい。で、この野菜どこの?って聞かれたら、八やちまた街のヘンなじいさんが作ったって答えればいいんだよ」人と同じことはやりたくない。人が作らない野菜を作るのが信条という浅野さんは、確かに異色の生産者だ。需要があるのに稀少価値の高い野菜を作れば、安値合戦に参加せず自分で値段を決められると、ルーコラを手始めに、それまで名前すら知らなかった西洋野菜をいろいろ作り始め、レストランに直接卸すように。「銀座のイタリアンにタルティーヴォを持っていったら、イタリア人シェフが味見して『今度、イタリア大使館の晩餐会があるんだけど、納品できる?』って。イタリア人がイタリア人のための料理に俺の野菜を使いたいって認めたんだ。次に行った青山の店のイタリア人シェフも『これなら生でも使える』。輸入ものはスカスカしてるからグリルするしかないけど、うちのはみずみずしいうえに甘味と苦味のバランスもよくて、サラダにできるって。それで自信を持ったんだ」

テレビのドキュメンタリー番組で、ある有名グランシェフに「食べたら椅子から転げ落ちそうになった」と言わしめた浅野さんの野菜は、またたく間にレストラン業界で評判に。なぜ、ひときわ濃く力強い味の野菜ができるのか。その秘密は、天然のミネラルとカルシウムにあるようだ。「すべての生命体は海が源。だから牡蠣殻石灰や海藻粉末を堆肥に混ぜて、ミネラルとカルシウムたっぷりの土壌を作った。牡蠣殻は殻自体がカルシウムなうえ、あのざらざらした表面に、プランクトンやら何やら海のミネラルがたくさん吸収されてるんだ。石の粉を砕いた石灰は、入れすぎると土が固くなって野菜によくないけど、牡蠣殻はいくら入れても大丈夫。有機だから時間が経つと乳酸発酵して、野菜がどんどん栄養を吸うんだよ」

浅野さんの持論に、野菜はその原産地の環境を再現すれば、本来の味になろうと遺伝子が動き出しておいしくなるというのがある。たとえば、ルーコラなど地中海沿岸原産のものは、ミネラルとカルシウム豊富な地中海沿岸の土壌に近づければいいわけで、まさに浅野さんの畑は、西洋野菜の生育に理想的な環境なのだ。

ファーム入り口には、取引先のレストランの名と住所が書かれたプレートがずらり。

「 ルバーブのスライスをサラダに混ぜると、さっぱりした酸味が加わってビネガーをふりかけなくてもよくなるよ。加熱してソースにし、肉料理にかけるのもおすすめ」。

「追肥はしない。なるべく余計なことはしない」という畑。

放置されたダイコンから白い花が咲く。この花が商品になる。

プチヴェールの花は、料理の仕上げに使うといい。

イタリア原産のファーヴェは、ペコリーノチーズと相性抜群。豆だけでなく葉も出荷する。

無理に大きく育てない。
小ぶりの野菜こそ味が凝縮しておいしい。
形もまちまちだが、とにかく力強い旨味に満ちている。

さまざまな形や大きさのアランカブに注目。とても同じ品種とは思えないバリエーションだ。「これで料理提案してるのが『カブのお造り』。細長い皿に5つ並べて、ひとつひとつ塩を替えるの」。真ん中でしなっているのは赤ラッキョウ。赤ワインに合う肉料理の付け合わせなどに。

野菜はどの部位だって
余すところなく食べられる

化学肥料を多投する従来の農法と違って、大きくは育たない分、旨味がぎゅっと凝縮した小ぶりの野菜ができる。レストラン卸し専門だから、収穫量だって少なくていい。浅野さんは多品種少量栽培を標榜し、現在、2・5ヘクタールの畑で約140品種もの野菜を育てているという。「いろんなのが突然変異で出ちゃうんだよね。うちにしかない品種だから、勝手に名前付けちゃう。このラディッシュみたいなのは、『アルページュ』のアラン・パッサールから種をもらったから『アランカブ』。その中でもちょっと女性っぽい形をしたものは『パリジェンヌ』って呼んでる(笑)。また植えて種を採ろうとしても、同じものってできないんだよね。一個一個全部違うの」と、なんとも天衣無縫な浅野さん。畑を歩きながら、機関銃のように矢継ぎ早に作物の説明をしてくれる。今年66歳になるとは思えない、驚くほどのバイタリティである。

「このソラマメみたいなのはファーヴェ。うちのは葉っぱも食べられるんだ。畑で何気なくかじったら、あれ、豆と同じ味と香りがするって気付いたの。オリーブオイルをかけたり、ブルーチーズを加えれば、葉だってりっぱな前菜になるんだよ」

「これはとう立ちしたプチヴェール。普通は葉しか食べないけど、うちはこの黄色い花芽が商品になるの。生のままでもボイルしてもいい。つぼみには女性ホルモンに作用する成分があるんだよ。サーモンのマリネなんかに黄色い花をぱらぱらっとあしらうと、皿が映えるだろう?」ダイコンだって実は7カ所も食べられる。カイワレ、葉、根、つぼみ、花、種ざや、種。花も種もダイコンおろしの味と香りそのものだ。カボチャもつる先、つぼみ、花、種まで食べられるのに、なぜみんな捨てるのかと不思議がる。「カボチャのスープに炒った種を入れれば浮き実になるじゃない」。口癖は「1+1=2ではない」。世の常識を覆すことこそ、浅野さんの無上の喜びなのだ。

「ルーコラも葉っぱより軸のほうが、ゴマの風味が強くておいしいんだ。イベリコ豚の生ハムでくるっと巻くのはどうだろう。白い花は牛肉のカルパッチョにのせるとかね」意外な部位の食べ方講座は延々と続く。それにしても具体的な料理のアイデアが、とめどもなく溢れ出てくる。シェフたちが浅野さんに絶大な信頼を寄せるのは、彼がつねにどんな料理に合うか考えながら野菜を作っているからなのだろう。

「畑を一緒に回って話をするのが取り引きの条件。その時、植わってるところをずかずか歩かないかとか、さりげなくチェックするの。畑のことを理解してないやつに、野菜がわかるわけないからね。『僕、まだ独立する段階ではないんですが、いつか店を持ったら野菜を使わせてください!』なんて言う若いやつはかわいくって仕方ない。『じゃあ5年後を楽しみに待ってるからな』って」

野菜の種蒔きだけでなく
これからは人の種蒔きも

今年4月から「エコファーム・アサノ」の窓口が、「GOEN(ご えん)」というオフィスに替わった。レストラン関係者であれば、畑の見学は随時受け付けているという。また、食関連ではない企業の社員にも農業体験をしてもらう短期研修の計画もあるとか。農業の大切さを広く伝えたいという使命感があるからだ。「子供たちに野菜の栽培キットを提供するという計画もあるんだ。農業は畑がなくたって、植木鉢とペットボトルがあればできる。食べ物は自分で作ることができるんだってことを体験してほしいんだよね。そうすれば、いざ自然災害が起きてもパニックにならないと思わない? ある意味、自給率も増えるしね」これからは野菜の種蒔きだけでなく、人の種蒔きもしようと思ってね、と笑う浅野さん。ますます意気軒昂である。

テストキッチンの壁には、ファーム来訪者の写真がたくさん飾られている。

とにかくよくしゃべる浅野さん。

イタリアンパセリとパリジェンヌが植えられたビニールハウス。

学校教材として提供を考えている栽培キット。底面給水で野菜を育てる。保温・保湿効果のあるペットボトルをかぶせて。

赤葉タマネギ。「小さいからカットしないで食べられる。野菜っていうのは、包丁を入れた瞬間に味が落ちていくからね」。

浅野さんの野菜作り7つの哲学

1 人が作らない品種を作る。
2 多品種少量栽培。
3 原産地の環境を再現する。
4 土には自然のミネラルとカルシウムを。
5 無理やり大きく育てない。
6 つねに合う料理をイメージする。
7 花もつぼみも種もどこだって食べられる。

シェフたちが浅野さんの
野菜に惹かれる理由

エコファーム・アサノのサラダ
「浅野さんの畑にいるような感じで盛った」というサラダ。花の彩りがなんとも美しい。素材は野生のアサツキ、金美ニンジン、紫ニンジン、アランカブ、パリジェンヌ、赤ラッキョウ、赤カラシ菜、紫カラシ菜、イタリアンパセリの花芽、ナスタチウム、ルーコラの花、ローズベコニア、ミニバラ、バーベナ、ネメシア。味付けは塩とビネガーとオリーブオイルだけ。

彩りよく仕上げたいなら、
浅野さんの野菜を使えばまちがいない。
――「ベジマット」平井正人さん

ベジマット
東京都港区六本木3-9-3
第二六本木ヴィレッジビル1F(通路奥)
●Phone 03-6804-3791
●19:00〜翌7:00
●日休
●おまかせ蒸し野菜1500円

あるリストランテで浅野さんの野菜を初めて食べたのが8年前。何だこのおいしさは!と衝撃を受けて、さっそく紹介してもらったんです。6年前に「ダルマット」を開くと報告しに畑に行ったら、「どんな店にするんだ。じゃあこういう野菜はどうだ」とあれこれアイデアをくれました。以来、ずっとお付き合いを続けています。

昨年、志の高い農家さんたちを応援したいという思いから、野菜バー「ベジマット」を新たに開いたんですが、浅野さんの野菜はもちろんこの店のメニューにも欠かせません。今も週2〜3回は電話で話しますね。畑の状況を聞かないと、翌週どんな野菜をどう使ったらいいか想像がつきませんから。浅野さんはいつも「今度こういうのできたから、こういう料理にどう?」と提案してくれるのがありがたい。とくに根菜類がおいしいんですけど、最近の彼のブームは花のようで、「花をうまく使え」ってよく言われます。いつも彩りをちゃんと考えて納品してくれるので、盛り付けに困った時は、浅野さんから届く素材を使えばまちがいないんです。

これまでに浅野さんの野菜を使ったメニューでとくに好評だったのは、ひとみ五寸というニンジンをミキサーで撹拌しただけのジュース。何も入れてないのに、砂糖が入っているかのように甘くて、大勢のお客さまが感動してました。どういうメカニズムであれほどニンジンが甘くなるのか……手をかけないから野菜が強くなるんでしょうかね(笑)。

今、浅野さんと農業の楽しさ、野菜のおいしさを広めるプロジェクト「ららら農業」に参加しています。それぞれの立場から、農業の大切さを発信していければと思っています。

土の味
いい根菜が入荷した時によく作る一品。素材は金美ニンジン、紫ニンジン、ひとみ五寸、パリジェンヌ、スティックヴェール、アランカブ、ソラ豆の葉、野生のアサツキ、大根の花。野菜に濃くとったかつおだしの旨味を入れてさっと煮る。葉ものはあんをかけるだけ。2個入れたアランカブは、1個焼いて1個は生のまま炊き、それぞれの甘さを楽しんでもらう。

お客さまをどう喜ばせようかという
作戦会議ばかりしています。
――「神保町 傳」長谷川在佑さん

僕自身は和食の料理人なんですが、フレンチやイタリアンが大好きで、よく食べ歩いているうち、浅野さんの野菜と出合って、独立前から畑に通うようになりました。今、うちの店には週に2〜3回、浅野さんの野菜が届きます。あの西洋野菜をあえて和食に仕立てるにはどうしたらいいかと知恵を絞るのが楽しくて。

たとえば、おまかせコースの中に「畑の様子」という、その日届いた素材で構成するメニューがあるんですが、生のものとだしに含ませたもの、焼いたり揚げたり、甘酢に漬けたものなどいろいろ取り混ぜてひと皿に盛り込むんです。「野菜を生のまま出すって誰にでもできる。いい素材にちょっと手を加えて、より感動を与えるのが料理人の役目だ」とは、浅野さんによく言われる言葉。いつもふたりでお客さまをどう喜ばせようか、驚かせようかという作戦会議ばかりしています。浅野さん、60代なのに僕と話してるとまるで悪ガキ同士。一緒に畑を歩きながら野菜をかじって、これだったらこういう料理にするのが面白いねとか言い合っています。

浅野さんの野菜だけを使った「宝石ごはん」という名の炊き込みごはんもよくやります。ルーコラの芽と葉と花を合わせて、ゴマ油と昆布で味付けした「3世代のルーコラサラダ」というのもたまに。最近、水耕栽培なんてありますけど、大地にしっかり根をはって地球とつながっていない野菜は、やっぱりおいしくないと思うんですよ。栄養を与えすぎた過保護の野菜もナヨナヨしている。だから、土に必要最小限のことだけして、あとは野菜の個性に任せるという浅野さんの育て方には大いに共感しています。

Etsuo Asano

シェフズガーデン
エコファーム・アサノ

千葉県八街市四木1595-1
問い合わせ先:GOEN
●Phone 0475-77-8004
●Fax 0475-55-5665

松田亜希子=文・構成 山家 学=写真

本記事は雑誌料理王国191号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は191号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。