9月3日に開催された日本海クラシックカーレビュー当日のレポートをお送りしたいと思います。天気予報では天気は回復に向かうとなっていたものの、朝のうちはあいにくの雨、Tシャツ一枚では肌寒く上にジャケットを羽織るくらいの中、開会式が始まりました。

ついに開幕した日本海CCR。参加基準は?

ご存知の方も多いとは思いますが糸魚川市は昨年末の大規模火災があり、CCRの常連参加者の中には今年の開催を心配した方もいたようですが無事開催となり、また糸魚川市の特産品で糸魚川市の市の石であり、新潟県の県の石でもある「翡翠(ひすい)」が昨年9月、日本鉱物科学会により国石として認定され、「糸魚川市は国石の町、そしてクラシックカーの町を目指します」という宣言と共に日本海CCRが開会となりました。開会式が終わる頃には天気も晴れ間も見え始め、朝のうちの雨で濡れた愛車のボディを拭く参加者の姿を見かけるようになりました。

ところで日本海CCRは「日本一参加基準の厳しいクラシックカーイベント」と書きましたが、以前のトヨタ博物館クラシックカーフェスティバルのレポートでも書いた通り、近年のクラシックカーイベント参加者の増加による参加車両の選定の難しさは日本海CCRも他聞に漏れず、参加申し込みが年々増えているそうで、日本海CCRは参加基準を厳格にし「1974年製造以前の車両でなおかつ、他型式のエンジン載せ替え、極端な車高変更、社外品エアロ等の改造車(ただし、事業用車両等の架装車、Nox・PM法対応の排ガス浄化装置追加、入手不可能な重要保安部品の代替品の取り付けに必要な改造を除く)は参加不可」という基本フルオリジナルコンディションを保った車両に参加を絞るという対応をしています。

トヨタ博物館のイベントとはまた違ったかたちの狭き門で、車種も限られてしまいますが、その代わり厳選されたフルオリジナルコンディションのオールドタイマーが全国から集まり、1桁ナンバーや新車当時から何十年も乗り続けているワンオーナー車も数多く参加しています。


▲午前中のメインイベント「ジョイフルラリー」の参加車両

圧巻の名車たちの眺め

日本海CCRもまた「全て公道走行可能な車両」に重きを置いており、ただ展示するだけでなく午前中は「ジョイフルラリー」というコマ図によるタイムラリー、午後は「交通安全パレード」という市内パレードがこのイベントの名物であり、中にはタイムラリーや交通安全パレードに全てを賭すという方もいるようです。ちなみに筆者は午後の交通安全パレードに参加しています。


▲ズラリとならんだセリカ集団。中には久しぶりにお会いするセリカオーナーの方もいました


▲神戸52ナンバーで当時のオプション装備のレザートップが良好な状態で残る初期型トヨタセリカ1600GT

実はこのセリカのオーナーの方は西日本では初代セリカオーナーの重鎮的存在の方で、かくいう筆者もまたセリカLBの購入の一歩を踏み出せたのもこの人がいたからこそかもしれません。


▲昭和47年の法改正でアンバー色のウィンカーレンズの装着が義務化される前のストップ&テールとウィンカーを兼用した赤一色一体レンズのテールランプユニットから初期型のセリカは「ワンテールセリカ」と呼ばれ珍重されています


▲筆者のセリカの隣には昭和44年型トヨタカローラスプリンターSL

もはや、忘却の彼方へと去りつつあるブランド「スプリンター」は元々、カローラのスポーツクーペタイプの追加モデルだったのですが、2代目のE20型からはカローラの姉妹モデルとして独立した車種となり販売チャネルも別れ、それぞれでセダン、バン・ワゴン、クーペ、果ては伝説のスポーツモデル「レビン」「トレノ」というラインナップを展開する事になります。


▲こちらも同じくスプリンターですが所謂「ニイナナ」ではなくKE25型スプリンター1200SL

3K型OHV1200ccエンジンを搭載したスプリンタークーペのベーシックモデルです。クーペの最上級モデルのTE25型1400SLにはT型OHV1400ccエンジンが搭載されていたこともあり、軽量なカローラ・スプリンターの車体にT型1400ccエンジンと互換性のあるセリカ用のDOHC1600ccエンジンを搭載したら、軽量ハイパワーマシンが出来るのではないか?という着想から伝説のTE27型レビン・トレノが生まれます。


▲真打「ニイナナ」こと昭和48年型トヨタカローラレビン1600GT


▲年季の入った新5ナンバーの1971年型VW1200

「1974年製造以前」というレギュレーションだけにVWも必然的にヴィンテージモデルが集まります。


▲こちらのVW1200は1953年製造

リアウィンドーの形状から所謂「オーバルウィンドー」と呼ばれているヴィンテージVWで、「セマフォー」「アポロ」と呼ばれる腕木式方向指示器を動かしていました。


▲ノリタケの森クラシックカーフェスティバルの主催の小田さんの1969年型シトロエンDS21もエントリーしていました。晴れ間の見えた秋の空にフレンチブルーが映えます

余談ですが、筆者も先日シトロエンDSを渇愛したシャルル・ド・ゴールフランス大統領の暗殺劇を描いた小説、「ジャッカルの日」(フレデリック・フォーサイス著)を読破し、映画版「ジャッカルの日」(フレッド・ジンネマン監督)を見終わったところです。

超希少なクラシックカーたち……


▲昭和42年型スバル360DX

日本の自動車の歴史はこのクルマ抜きには語る事の出来ないスバル360


▲実はこのスバル360のオーナーの大森さんは名古屋でガレージプレアデス(http://www.subaru360.net/)というスバル360専門店(!)を営んでいます

大森さんはスバル360専門店の他、クラシックカーイベントやクラシックカーラリーの運営やプロデュースにも関わっていて、特にコマ図ラリーに関しては全てを賭していたとの事です。

実はこの大森さんもまた筆者のスバル360購入や整備・補修で大変お世話になった方で、筆者が希望していた最終型スーパーDXの売り物件を紹介していただいた方でもあります。ガレージプレアデスではショップオリジナルのスバル360のリプロ部品の販売もしており、全国のスバル360オーナーから引き合いのあるスペシャルショップで、筆者も部品ではよくお世話になっています。ガレージプレアデスも機会があればカレントライフ上でご紹介したと思います。


▲昭和45年型日産スカイライン2000GT-R

グリルの形状から「ワンピースグリル」と呼ばれる昭和45年型スカイライン。今や市場価格が天井知らずの高騰を続けるスカイラインGT-R、中でも「羊の皮を被った狼」の愛称からカルトな人気を持つ4ドアのPGC10型GT-R。今もなおGT-Rのラインナップに4ドアを望む人もいると聞きます。

GT-Rといえばその性格上、レーシーなモディファイを施されることも多いのですが、純正スチールホイールのフルノーマル仕様が見られるのもフルオリジナルに重きを置く日本海CCRならではでしょう。ちなみになぜ当時の日産のハイパフォーマンスモデルの頂点に君臨するGT-Rが純正状態ではこんなそっけないタイヤとホイールだったのかといえば、元々一般使用よりもモータースポーツでの使用を前提にしたホモロゲモデルあるいはエボリューションモデルのような位置づけだったため、タイヤもホイールもチューニング前提で「とりあえず工場からオーナーのガレージまで移動するためだけ」程度の物が付いていたという事のようです。


▲昭和48年型日産スカイライン2ドアハードトップ2000GT-R

ご存知「ケンメリGT-R」です。一説には総生産台数200台前後(試作車含む)本来はGC10型のGT-Rの後継として開発され、車体は重くなったもののスカイライン史上初の4輪ディスクブレーキの採用等、ボディ剛性やスタビリティの向上は狙っていたようですが、排ガス規制やオイルショックの影響により、日産のレース活動が凍結され、結局余った旧来からのS20型エンジン(ただしハコスカGT-Rや同じくS20型エンジンを搭載するZ432とはオイルパンなどが若干異なるそうです)を搭載ししたため、重量増の動力性能の低下は否めず、レースに投入されることも無くGT-Rがサーキットに戻ってくるまで16年の年月を要する事になります。


▲スカイラインの丸テールはこのアングルで撮るとカッコいいと思うのは筆者だけでしょうか?

「糸魚川に出るときだけ車高を上げて純正以外のエアロを外す」という人も少なからずいるようです。ところで昔のスカイラインといえばセミトレサスに由るリアのネガティブキャンバーですが、昔「鉄仮面スカイライン」に乗っていた友人の話によると「開発者の櫻井眞一郎があえてリアサスのストロークでジオメトリーを変化させることで疑似的に4WSのような機能にすることを狙ったもので、やがてそれがハイキャスにつながっていった」との事です。


▲昭和46年型スカイライン2000GT

GT-Rは勿論、純正ホイールキャップ付きフルノーマルのプレーンな4ドアのハコスカが見られるのもCCRならではです。以前はGT-Rではないノーマルのハコスカでましてや4ドアは全く見向きもされなかったのですが、日本のクラシックカー文化の成熟に伴い通常グレードのスカイラインもまた注目されるようになりました。


▲オートモデラーの集い関西の記事でも書きましたが、今やスカイラインのタイヤに少し被るサーフィンラインが残るノーマルフェンダーは、GT-Rのオーバーフェンダーと同等か時にそれ以上に珍重されているといっても良いかもしれません。

紹介したいクルマはまだまだありますので、次回に続きます。

[ライター・カメラ/鈴木修一郎]