懐かしい顔、顔、顔…。あちこちに歓談の輪が広がった。

 県サッカー協会・小城得達会長の旭日双光章受章を祝う会での光景だ。

 小城会長といえば、思い出すのが、1968年のメキシコオリンピック。釜本邦茂、杉山隆一らと組んで日本サッカー史上初めての銅メダルに輝いた。中大時代に日本代表に選出され、213試合に出場した“レジェンド”である。

 この日、メキシコで戦った仲間で東洋工業時代のチームメート松本育夫氏も駆けつけ祝福ムードいっぱい。そうした中、ひときわ話が弾み、盛り上がっていたのが、日本リーグで球史に残る創設から4連覇を含め5度の制覇を果たした松本氏らV戦士の面々だった。

 監督を務めた下村幸男氏、サンフレッチェの立ち上げに尽力した今西和男氏や小沢通宏氏、川西武彦氏、ゴールを死守した広大付高同期の船本幸路氏、のちに監督を引き継いだ二村昭雄氏、小城監督時代の古田篤良・県協会専務理事、宮崎輝比古氏、野曽原芳彦氏…名前を挙げればキリがない“レジェンド”総出演。半世紀前、青春真っただ中で彼らが刻んだ栄光の歴史が、走馬灯のように浮かんでは消え、消えては浮かんだ−。

 振り返ってみると、当時の東洋工業は天下無敵だった。初年度登録メンバー25人のうち県出身者21人で固め、抜群のチームワークで流れるようなサッカーで連戦連勝。第2回リーグまで引き分けを挟み、23連勝という強さを誇った。

 中心が小城会長。65年と70年に日本年間最優秀選手賞、66年から7年連続ベストイレブンに選ばれた。

 今回、顔を合わせた人たちは指導者の道に歩むなど、それぞれの世界で活躍している。

 「分かりますか。覚えていますか」。私も多くの人から声をかけられ「何十年ぶりだろうかね」など話が弾んだ。これも叙勲のおめでたのおかげで、楽しい場に出会えた“半世紀ぶりの同窓会”−。今度はいつ会えるだろうかな。その日が待ち遠しくなってきた。



 早川 文司(はやかわ・ぶんじ)1937年、広島市中区生まれ。60年に中国新聞社入社。運動部でサッカー、ハンドボール、バレーボール、高校野球など主にアマチュアスポーツを担当。96年に同社を退社し、フリーライターとなる。日本サッカー協会75周年功労者表彰、日本ハンドボール協会60周年で感謝状を受ける。著書に「サンフレッチェ広島・奇跡のイレブン」など。