8月6日が登校日でなくなりました。広島市です。教員に関する権限が県から市に変わった。8月6日を休日とする市条例を教員にも適用するから、よって学校も休み。だから登校日にもならないというわけです。もちろん、これまで広島市立の小中学校が8月6日を全て登校日にしていたかというと、そうじゃない。

 私が小学生時代を過ごした福岡市。通っていた小学校は6日と9日の両方が登校日でした。学校によって6日のみ、9日のみ、両方と分かれていたそうです。なお、地元では登校日とは言いません。「出校日」。こう言う人は、たぶん博多区あたりの人です。出校日は学校に行き、ビデオを見たり、被爆証言を聞いたりする。その集大成が、6年生の長崎への修学旅行。なので子供の頃から原爆の平和教育はしっかり受けてきたつもりでした。

 福岡県で夏休みに原爆をテーマに平和教育が始まったのは1973年からだそうです。当時、教員たちは何をどう教えていいのか分からず苦労したといいます。そこで広島や長崎に出向き、資料館を訪ね、聞き取りをして平和教育の教材を作っていきました。そういう意味でいうと、私が受けた平和教育というのは、広島長崎の孫教育と言えるかもしれません。

 しかし事件が起きた。1997年8月6日。福岡市に隣接する春日市で、出校日の子供を狙った殺人という痛ましい事件。そしてこれをきっかけにして、近隣市町は出校日をやめていったのです。私が育ったあの福岡市でも、時を追うごとに減っていき、2013年には実施がゼロになったそうです。知りませんでした。今でも当たり前に、夏休みの子供たちは原爆忌には学校に行き、平和教育を受けているんだと思ってました。

 正直楽しくすすんで行った出校日ではなかった。でもなんだろう、今こうして伝えるという仕事をしているからかもしれないけど、あの時の衝撃を覚えていて良かったと思います。平和教育を受け、知識を得たから良かったじゃない。何か活動をしようとかでもない。純粋に「こんなことがまたあったら絶対にイヤだなあ」とただ子供心に思ったのです。さて、この原稿を書き終えたらウチに帰ります。これから我が子に伝える大仕事が待つ8月6日の夜です。

 森 拓磨(もり・たくま)2002年広島テレビ入社。「進めスポーツ元気丸」などスポーツ番組担当を経て現在は月〜金夕方放送「テレビ派」の担当。趣味はゴルフ、スノーボード、落語、写真、海水魚飼育など多数の器用貧乏。スポーツ歴は中学、高校、大学とバスケットボールに打ち込む。