広島の誇る美女ハードラーはロンドンによほど縁がある?

 ロンドンで開催中の世界陸上選手権に女子100メートル障害の木村文子(エディオン)が出場、あす11日夕、まず予選レースに挑む。

 “朗報”が舞い込んだのは、日本代表第1陣が出発する直前の7月27日。世界陸連から同じ100メートル障害でしのぎを削る柴村仁美(東邦銀行)や男女やり投げ3人とともに招待レターが舞い込んだ。

 選考レースとなった日本選手権は13秒12で連覇したものの、参加標準記録12秒98に届かず、優勝ならタイムにかかわらず代表資格が得られるアジア選手権(インド)でも13秒30の2位に終わった。

 これまでアジアの女王に輝き、2012年にはロンドン五輪に出場した。それだけに世界選手権へのチャレンジは、アスリートとしての夢だった。

 代表を逃した日本選手権の直後に出会った時「残念だったね」と言うと「残念どころではないですよ。悔しすぎます」。いつも前向きな彼女にしては珍しく悔しさをあらわにしていた。それだけにアジア選手権に向けて「優勝したことがある大会(13年)なので、そのイメージを持って走る」と相当な覚悟を口にしていたが、優勝には届かなかった。

 代表漏れの現実に直面していた時に届いた「招待」は、努力と精進に対するご褒美だろう。ただ、タイムをクリアしていないだけに本人は複雑な心境でもあったに違いない。

 ここまでの道のりは決して平たんではなかった。日本の第一人者として臨んだ13年9月の全日本実業団対抗選手権。ハードルをひっかけ転倒。左太ももを30針以上も縫う大けがを負い、車いすに乗って広島に帰った。

 苦しいリハビリに耐え、翌年春には復帰、日本選手権優勝など奇跡的ともいえる完全復活をアピールした。

 その時に支えてもらった周囲への感謝をエネルギーに、13秒00の日本記録更新にこだわる。五輪以来5年ぶりのロンドンで、日本人初の12秒台の走りだけを見据えハードルを跳び超える。



 早川 文司(はやかわ・ぶんじ)1937年、広島市中区生まれ。60年に中国新聞社入社。運動部でサッカー、ハンドボール、バレーボール、高校野球など主にアマチュアスポーツを担当。96年に同社を退社し、フリーライターとなる。日本サッカー協会75周年功労者表彰、日本ハンドボール協会60周年で感謝状を受ける。著書に「サンフレッチェ広島・奇跡のイレブン」など。