巨人が田淵と会って、どんな策を考えていたのかは不明だが、何らかの“田淵獲得”を画策しようとしたのだろう。いずれにしてもドラフト制度に対する掟破りの“横恋慕”であることに変わりなく、当時、大問題となった。

 沢田スカウトはホテルから球団事務所に戻り、マスコミへどう釈明するか練ったあげく「偶然にもニューオータニで田淵君に会っただけです」と苦しい言い訳に終始したが…。

 この密会がバレたことで巨人もあきらめ、田淵も巨人への夢を断ち、11月29日、阪神との交渉で「阪神にお世話になります」。メデタシメデタシ、阪神・田淵が誕生した。

 その知らせを聞いて、私は「阪神はオレにお歳暮ぐらい贈ってくれんかな」なんて冗談を言って回りました。

 ただ私にとって不運だったのが、スクープを狙っていた桑田トレードの件。会談を終えて出てきた大洋・森代表に「いかがでしたか商談は?」と尋ねたら、森代表は「オオッ」と驚き、無言できびすを返すと、なんと報道各社に連絡。「桑田をトレードします」と大洋・桑田武と巨人・大橋勲の交換トレードを発表してしまったのだ。

 実は当時、森代表とデイリースポーツはトラブルを起こしていて、「デイリーにスクープなんかさせないぞ」という気持ちがあったようだ。(森代表とはその後、非常にいい関係を築かせていただきましたが…)=終わり



【1960年代】田淵幸一