【内藤國雄・人生自在流6】(前編)

 プロを目指す少年、青年たちが集まる奨励会の手合い(対局)日は、町の道場とは大きな違いがあった。

 「みんな無駄口ひとつたたかず、真剣そのもの。真冬でも熱気でムンムンしていた。楽しんでいるという雰囲気はみじんもなかった」

 六級という最下級でスタートした内藤少年は、2カ月で五級になった。この間、ほとんど負けず、悪い将棋でも終盤に逆転勝ちするなど順調な滑り出しだった。

 「小学校のころ、廊下に立たされて、鍛えた詰め将棋の読みが、終盤力となり役に立ったように思う」

 内藤少年の昇級に師匠の藤内金吾八段は大喜び。そこで「新聞に掲載されている対局を2人でやろう」と提案した。師弟の対決である。

 当時、藤内金吾師匠は神戸新聞の将棋欄を担当。その観戦記は戦国時代の歴史を織り込んだりしてなかなか好評だった。

 ところが、この注目の師弟戦、新聞に載らずじまいとなった。弟子が師匠を破って師匠はご機嫌斜め。「みっともなくて新聞には載せられん。載せちゃいかん」とへそを曲げたからだ。

 ただ、内藤少年への思いやりは変わらなかった。奨励会などの将棋はずっと観戦。

 「勝った将棋を並べるときは一切批評せず、一緒になって喜んでくれた。私がいい手を指した時は、手をたたいて喜んでくれた。こんな優しい師匠は他にいなかったと思う」