【五輪に愛され続けた男・野村忠宏5】(後編)

 自著「戦う理由」のなかで背負い投げの極意についてこう記す。

 「力任せでは機能しない。スピードだけがあってもダメ。一番大事なのは、瞬間的に“力を抜く”という感覚なのだ」

 この唯一無二の感覚を、道場の片隅で恐ろしいほどの回数で行う反復練習でつかみ、磨き、未来の自分に期待した。

 強豪天理高校でも、スタイルは変えなかった。パワーでもない、スピードだけでもない「野村の背負い投げ」は、少しずつ形を整え始めていた。

 「自分の柔道の方向は間違っていない。軽量級でも戦えるんじゃないか、そんな手応えを感じるようにもなっていた時期です。やっと県大会で優勝しインターハイに出場できた頃でしたね。当時の柔道には、きちっと、真っ向から組み手をするのではなく、相手の袖を揺さぶって、なんというか、ガチャガチャした感じで崩れたところを狙うような流れがありました。力やスピードもないから、そんなスタイルを真似していた時、高校でも唯一といっていい、オヤジの助言を受けました」

 基次は、「今だけ勝ちたいんならそういう柔道をやっていればいい。しかし本物のチャンピオンになるんやったら、今は勝てなくてもしっかり組んで勝負しろ」とだけ言った。

 祖父に教えられた背負い投げと同様、父の「組む」柔道は五輪3連覇の礎となる。野村はこれを「自分の柔道人生の道標」と表現する。=敬称略=