【五輪に愛され続けた男・野村忠宏8】(前編)

 天理大の乱取りは、5分の試合(当時)以上に苦しむために6分間、それを12本で組まれていた。何とか「こなそう」とペース配分していた野村忠宏を、天理大の監督・細川伸二(天理大教授)は1年間、注意深く観察していたようだ。

 前人未到の3連覇をかけてアテネに向けて野村が再起した頃、愛弟子についてこう話している。

 「大学1年では乱取りの相手もしましたが、1年の終わりだったか、野村に背負いでバーンと投げられましてね。もちろん中・高とずっと見てきましたし、力のあるヤツだとは思っていましたが、あの時投げられたのは鮮烈だった。もう一緒にやるのは辞めようって思うほどでした。でもちょっとした集中力、最後の最後に相手を追い込む精神力、駆け引きがまだ備わっていなかった」

 「お前の練習は試合のための練習ではない」と伝えた話は、すでに野村がその先に進める才能を持った柔道家だと知った上で、最後の最後にあえて置いたハードルのようなものだった。力が足りないのではなく、発揮できていない、そこまで観ていたのだ。

 試合は5分ではなく6分だと思え、そして全力で6分の乱取りに挑め、12本できなければ途中で休んでいい。細川のそんな助言を支えに、本当に6分間に全力で取り組むと、体中が限界と思えるほど重く、張って動かなくなる。休んでいい、そう言われたのだからと心置きなく「休ませて下さい」と頼むと、恩師に「なんや、お前の全力はそんなもんか」と突き放された。