【五輪に愛され続けた男・野村忠宏10】(後編)

 当時の無欲さは、付き添っていた父・基次とのエピソードが象徴する。

 前年の学生体重別でほとんどノーマークだった野村に敗れた園田は、この大会で2度負けるわけにはいかなかった。一方野村は、準決勝進出ですでに満足しており、講道館杯で五輪に名乗りを上げよう、などと野心は抱いていなかった。試合前、脳と体を休め集中するため控え室で必ず仮眠を取る。特にこの試合前は少し熱っぽい状態で熟睡していたところ、基次が駆け込んで来た。

 「オイ、お前、何しとるんや、寝てる場合と違うぞ。園田選手、今見たら、ものすごい入念なアップしとる。お前は寝ててええんか」

 そう起こされた。

 「僕はオヤジに言いました。あの人はな、オリンピックを狙う人なんやからあれくらいやって当たり前なんや、世界で戦うにはあれくらい頑張らな、あかんのです、と。オヤジはそうかぁ、と納得していましたからね」

 厳しい師弟関係にある2人も、この時ばかりはどこかユーモラスな親子だ。五輪選考会に出場していながら、世界を狙ってない。自分の目標と五輪はかけ離れていた。結局園田に敗れて3位に。五輪は何が起きるか分からないとよく言われる。しかし、本当は五輪前から、何かは必ず起きている。

 この時の野村にも。

=敬称略=