【五輪に愛され続けた男・野村忠宏13】(前編)

 常に「日本のお家芸」として期待と重圧を背負う日本男子柔道だが、アトランタ五輪は特に重苦しい空気に包まれた。

 当時は、重量級から始まるため、初日に登場したのが95キロ超級の小川直也だった。しかし金メダルを獲得したフランスのドイエに準決勝で敗退。5位に終わった。

 翌日95キロ級の中村3兄弟の1人、佳央もまたもフランスのトレノーに4回戦で敗れて敗者復活戦から7位が精いっぱいだった。3日目、満を持して登場したバルセロナ五輪78キロ級金メダリストの吉田秀彦(アトランタは86キロに出場)もまさかの2回戦敗退、78キロ級の「平成の三四郎」古賀稔彦も銀メダルは死守したが、またもフランスのブーラに敗れてしまった。金メダルなし、フランス勢に勝てない。60キロ級で最終日に登場する野村忠宏にどれだけ大きなプレッシャーがかかったか。

 「プレッシャーはありませんでしたね」

 野村は笑いながら振り返る。古賀が銀メダルを獲得した翌日の大会4日目(7月24日)、野村と並んで取材依頼のなかった中村兼三(71キロ級)が日本男子では大会初の金メダルを獲得したからだ。

 「自分の出番まで金メダルがゼロ、とか、反対に全階級メダルといった流れなら大きなプレッシャーもかかったでしょう。でも(中村)兼三先輩の金で、自分だけが負けて叩かれるわけではないし、最後の金メダルをと重圧を背負う必要もない。兼三先輩の金のお陰で非常にリラックスしていました」