【五輪に愛され続けた男・野村忠宏14】(前編)

 アトランタ五輪3回戦(2試合目)で、金メダル候補のニコライ・オジェギン(ロシア)を残り15秒での大逆転で下し、野村忠宏は限界を超えた真剣勝負の中で、わずか一滴を絞り取るような自信をつかんだ。

 決勝に勝ち上がってきたのはジョビナッツオ(イタリア)。この年の始め、いわば「Bチーム」扱いで欧州遠征をした際、ハンガリー国際で逆転負けを喫した相手だ。

 決勝の畳に上がる直前、実はある敗戦を目前で見つめていた。同じ最終日に出番を迎えた女子最軽量の48キロ級で、バルセロナ五輪の雪辱に燃える「YAWARAちゃん」田村亮子(谷亮子)が、北朝鮮のケー・スンヒと決勝を戦い敗退。2度目の五輪で悲願の金を、と、どこに行っても金メダルを期待され、注目される選手の敗戦に、日本の応援団で埋め尽くされていた場内は不気味なほど静まり返ってしまう。

 しかし冷静だったと、21歳の当時を振り返る。

 「控えで見ていて、ヤワラちゃん負けちゃいましたね、と細川先生に言ったと記憶しています。会場は異常な雰囲気でしたからここでビビッて終わるか、それとも金メダルでヒーローになるか…ここにはもう2度と来られないだろう。だからこそ、3回戦のように最後の最後まで諦めるなと自分に言い聞かせました」

 選んだのはもちろん、ヒーローの方だった。先に有効を取られたがすぐに追いつき、最後は伝家の宝刀背負い投げで一本勝ちを奪って、金メダルを手にした。