【五輪に愛され続けた男・野村忠宏15】(前編)

 野村忠宏は「ヒーローになった」と確信し、周囲の盛り上がりを想像していたが、期待は小さく裏切られた。自分が新聞の一面に扱われていると思い込み、朝刊スポーツ紙の一面を見ると、みな「ヤワラ、まさかの銀」と、田村の敗戦をトップに置いている。野村はこれを「ヤワラ、まさかの銀、野村、まさかの金、とダジャレみたいに書かれました」と、笑いのエピソードに変えて披露してきた。もちろん、自分と同じ日に競技しながら、大きなプレッシャーを背負い続けた女性柔道家への敬意と共に。

 史上最強の金メダルコンビは、偉大な記録を樹立する際にも一緒だった。2004年アテネ五輪で、日本選手団の金メダルが100個目の通過点で、谷亮子(03年、プロ野球選手・谷佳知と結婚)が勝てば99個目で野村が歴史的100個目に当たるかもしれない。しかし、谷が負けてしまえば、野村が金99個目になる可能性が高い。

 「過去2回を忘れて、あの時ばかりはヤワラちゃんを全身全霊で応援しましたよ」

 ユーモアたっぷりに、100個目の金メダルの舞台裏を明かす。結局、谷も2大会連続金メダルで99個目、前人未到の3連覇には、日本選手団五輪100個目の金メダルという得難い名誉も添えられた。

 大きく外れた期待もあった。

 金メダルを獲得して大学に戻ったものの、多くの企業から声がかかるのでは?と期待していた就職先が見つからないのだ。あまり知られていないが、ミキハウスに所属する前、こうした事態から奈良県体育協会に就職している。