【五輪に愛され続けた男・野村忠宏19】(後編)

 しかし負けても、負けても、弱い自分と向き合い、五輪連覇のプライドもかなぐり捨て、目の前の一戦になりふり構わず挑む姿勢は、五輪へ、頂点へ、着実に近づくものだった。03年4月、全日本体重別選手権決勝では、長年のライバル徳野和彦と対戦。5分で決着がつかず延長に入るが、それでも決着がつかず、合計10分の試合は旗判定に。とことん勝負にこだわった死闘は、眠っていたさまざまな感性を目覚めさせた。

 世界選手権代表となって迎えた大阪城ホールでの3回戦、チュニジアのルニフィと対戦する。ポイントでは有利に試合を進めたが、最後に体力負けで逆転された。五輪連覇を果たした伝説の人が、敗者復活戦に出場するとはとても思えなかったが、銅メダルまで4試合を戦う敗者復活戦に登場する。負けた自分への怒りなのか、それとも、仮想のアテネ五輪だったのか不明だが、この4試合は金メダルと同じように強い印象を残した。4試合全て一本勝ちだったからだ。

 「2連覇のプライドを捨てて、目の前の一戦に集中しようと思っていました。ルニフィの敗戦が悔しくて敗者復活戦も出ずに帰ろうかとも考えましたが、あの時、五輪連覇よりも、今目の前の相手をどう倒すかだと腹をくくり、開き直れました」

 勝ってつかむ自信もあれば、負けて手にする確信もある。

 「野村にどんな技をかけられるのか楽しくて仕方なかった。それほど技、そこに入るアプローチのバリエーションが豊富で見事だった」

 ルニフィは、こんなユニークなコメントをしていた。

=敬称略=