【五輪に愛され続けた男・野村忠宏21】(前編)

 野村忠宏を取材していると、体格が非力だったゆえに時間をかけて鍛え上げたフィジカル、丁寧で洗練された柔道の技といった優れたアスリートである部分は、もちろん特別だと感じる。それに加え、相手や、大会のレベル、自分の置かれた状況に関係なく、ただただ勝負に泥臭く向かって行くようなあくなき野心を感じる機会が多かった。それは、一般的に言われる試合の畳の上だけで表現される執念などではなく、日常に置いて、すでに試合を始めているかのような綿密なものだ。

 それを分かりやすく教えられたのが、アテネ五輪代表の座をかけた、2004年全日本選抜体重別選手権だった。

 決勝の対戦相手は、天理大の2年後輩でもある江種辰明。入学時から伸びる素材だと見ていた後輩とは、大学在学時に乱取りを多くしなかったと聞き、強い後輩とした方がより効果的なのでは、と考える素人質問を返した。

 こう答えている。

 「よく勝負にこだわると言いますよね。でも、それは試合の畳の上だけでは難しい。自分は、日常にそれを心がけるんです。試合で厳しい勝負をしなくてはならない、と思うような選手とは普段は組まず、あえて自分の体調が良い時だけ乱取りして、やはり野村先輩は強いな、と印象付けて置きたいですね」

 大学時代から、実力を評価されるからこそ用意周到、準備されていたそんな「勝負の機微」を、江種は決勝で改めて知ったはずだ。払い腰、袖つり込み腰、大外刈りと次々と円熟の技を仕掛けて優勢勝ち。優勝でアテネ代表となり、前人未到の五輪3連覇に挑戦する権利を勝ち取った。