【五輪に愛され続けた男・野村忠宏21】(後編)

 日々、相手を常に勝負の対象として意識する面があるかと思えば、反対に、自分がその勝負をものにできるかどうかの不安と戦う面も隠そうとはしなかった。3連覇を狙おうという強い柔道家の言葉とは思えぬほど率直だった。

 自身は「ビビる野村」と表現した。

 「基本的にネガティブ思考なんです。試合に出発する時には、負けてこの場所に戻る時には何て言い訳するんだろう、とか、(前日の)計量の際には、相手がいっそ体重オーバーで失格にならんか、とか、あした試合会場が壊れて使えません、とならないか、なんてしょうもない事ばっかり考えます」

 時に思わず吹き出すほどユーモラスで、アテネに向かってビビる野村と、それを投げる野村のコンビは実に興味深い関係で対峙していたように感じた。必ず「投げる野村」が勝つという結末において。

 シドニー五輪後、葉子と結婚し、2人で語学留学に渡米した。復帰を決意し、計画を前倒しにして帰国して以来、敗戦が続き、「2連覇で引退しておけばよかった」と、ビビる野村は後悔もした。しかし前人未到の偉業にチャレンジする舞台についに戻った。全ては順調だった。現地入り直前、大きなアクシデントに見舞われるまでは。=敬称略=