【五輪に愛され続けた男・野村忠宏26】(前編)

 手術を回避する選択をし、日々、右ひざの痛みと向き合いながら臨んだ08年2月のドイツ国際は、野村忠宏(43)にとって10カ月ぶりの実戦となった。海外勢と対戦するには不安は大きかった。しかし、柔道を始めてから丁寧に、正確に積み重ねてきた技術は何よりのプロテクターになったようだ。決勝までの4試合とも、内股、大内刈り、大外刈り、そして背負い投げと、違った技で一本勝ちを収める多彩さを見せ決勝に進出。右ひざを再度痛めるアクシデントのなか、10カ月ぶりの復帰戦を2位で終え、評価は一気に上がった。

 実績、国際舞台での経験、海外勢への圧倒的な強さ。08年の最終選考会、全日本選抜体重別選手権を前に、これらの要素が「野村有利」の空気を生み出していたのも間違いない。過去3度、五輪代表の座を勝ち取った体重別と大きく違ったのは、この有利という雰囲気だったのかもしれない。百戦錬磨の柔道家が先を見てしまい守りに入ったからだ。

 実力差はあるのに初戦から大苦戦する。延長(ゴールデンスコア)を制して勝ち上がったものの、いつもの攻撃的な柔道ではない。準決勝、24歳の浅野大輔(自衛隊体育学校)の背負い投げに体勢を崩して畳に落ちると、これが「技あり」に。先行された時、初めて冷や水を浴びせられたような焦燥感を味わう。「効果」2つを取り返したが準決勝で敗退。ドイツ国際2位で得たアドバンテージは、逆にひざに大きな不安を抱えた五輪王者を弱気にさせた。