【五輪に愛され続けた男・野村忠宏26】(後編)

 60キロ級は、フランス国際を制した平岡拓晃が優勝。若い平岡か、3連覇の実績とドイツ国際2位、体重別4強の野村か。会場となった福岡国際センターを無言で後にした野村に対し、各紙とも本人のコメントは掲載されないまま「野村、引退」の見出しが躍った。致命傷となる右ひざ前十字じん帯を断裂して手術を回避しつつ、選考会に間に合わせただけでも奇跡である。

 メディアは、4連覇の夢が破れたのだから引退する、と安易に決めつけていた。大会2日目終了後に、連絡を受けた。とても怒っていた。当事者のコメントを省いた報道に対してではなく、敗退した自分に。

 「自分が積み重ねてきた努力と柔道を、裏切るような試合をしたのが腹立たしい。恥ずかしいです」

 そう言った。「無理せずに」「ケガをしないように」と、勝負に対して厳しさを持たずに試合をしたことで負けた、と自己分析した。そして「右ひざの手術をします。五輪出場の夢は断たれましたが、それよりもこの情けない思い、悔しさを何としても晴らそうと思います」と、力強く言った。

 新聞に「野村現役引退」「4連覇の夢ならず畳降りる」といった見出しが躍っていた時、実際は正反対の「再起」のために手術を決断していた。五輪王者は誇りをかけて、メダルとは違う戦いに挑み始めた。

=敬称略=