【五輪に愛され続けた男・野村忠宏27】(前編)

 2007年右ひざ前十字じん帯の断裂をして以降、野村忠宏にとって現役であり続けようとすれば、それは同時に、ケガとも長く、厳しい戦いを続けることを意味した。

 全日本選抜体重別選手権準決勝で敗れて4連覇の夢が途絶えたとき、コメントを出さなかったために引退報道が先行した。しかし引退どころか、正反対の復帰を目指すため、手術を受けると決断する。翌週には神戸大学医学部附属病院に入院し、前十字じん帯の再建、加えて、断裂したまま酷使した結果、痛めた軟骨や半月板の手術を受けた。付き添っていた妻・葉子に聞くと、全身麻酔から覚めるか覚めないか、もうろうとする中、野村はまるで相手の道着をつかもうとするように指先を懸命に動かしていたという。

 北京五輪がいよいよ始まった。黙々とトレーニングを積む毎日、観る気にはならなかった。行く所であり、戦う場所であってテレビ観戦できるようなものではない。出場できない初めての五輪を受け入れるのは難しいようだった。

 男子60キロ級が行われた8月9日、先陣を切って平岡拓晃が登場したが1回戦で敗退。天理大での練習中にその情報を知り、帰宅する途中にある家電量販店のテレビ売り場に立ち寄った。大型テレビの前で柔道を一緒に応援していた五輪ファンも、隣に3連覇を果たしたレジェンドが混じっていると知り、「何でここに野村が?」と目を丸くしただろう。