「五輪に愛され続けた男・野村忠宏30」(後編)

 年が明けた2013年、ミキハウスの新年会が開かれ、野村は壇上で「柔道人生の集大成としてラストチャレンジをします」と宣言した。8月の実業団で勝利し、11月の講道館杯へ進出しなければ引退する、とまで言い切る。言葉通り、13年3月にはスイスでの大会で優勝し、勝負をかけた実業団でも4強に進出。講道館杯への出場権を有言実行で獲得した。

 しかしその引き換えに、夏に痛めた右肩の腱は断裂し手術を要するほどに悪化する。さらに翌2014年秋には左ひざと、「柔道人生の集大成」に入って2度も大きな手術を受ける事態に。2015年8月、野村は実業団選手権(尼崎)の畳に上がった。道着に隠されたひざには、痛み止めの注射を打って。最終手段である。=敬称略=