【五輪に愛され続けた男・野村忠宏31】(前編)

 現役引退を周囲に伝え、大会前には公表し、尼崎のベイコム総合体育館は立ち見が出るほどのファンで埋め尽くされていた。それは、五輪3連覇の偉業とはまた異なる、野村忠宏の柔道人生そのものへの最大の賛辞を表するものだっただろう。

 2015年8月29日、現役最後の試合となった全日本実業個人選手権初戦で、野村は左の一本背負い、2回戦でも右の背負いで一本を奪い、会場を感動で震わせた。迎えた3回戦、「自分より一回り若い選手と熱い柔道ができたら幸せだ」と熱望していた通り、40歳は23歳の椿龍憧と対戦し、開始26秒、腰車で一本勝ちを許してしまった。

 「豪快に勝って、豪快に負けた。自分らしい最後の試合になった」

 大阪での引退会見は、そんな言葉と、清々しい笑顔で始まった。もちろんまだ続けたかったはずだが、表情は、壇上に並んだ3つの金メダル以上にまぶしく輝いた。