【阪急を支えた左腕・梶本隆夫5】(前編)

 背番号は「33」に決まった。いよいよプロ野球選手としてのスタートだ。

 昭和29(1954)年、梶本隆夫は他の新人に先駆けて、早く阪急のキャンプに参加している。早くボールを握りたくてウズウズしていたのだろう。

 梶本の繰り出す速球に周囲は目をシロクロさせた。いきなりの剛速球を披露したのだ。

 西村正夫監督は新人離れした快速球を投げ込む姿を目の当たりにして決断した。

 「この無名の新人を開幕戦に起用しよう」と…。こうして18歳の開幕投手が決まったのだ。きわめて異例のことである。

 3月27日、公式戦の幕が開いた。相手は、高橋ユニオンズ。ただ、その時の観客は、わずか2000人。なんとも寂しいスタンドではないか。

 ただ、梶本は観客の入りには無頓着だった。異例の新人の開幕投手は、スタンドの入りを気にする余裕はなかった。

 サウスポーのボールにはキレがあった。ただ前半、コントロールを乱して、五回表まで1対3とリードされた。

 ただ、味方打線は黙っていなかった。デビュー戦の新人をなんとか援護しようと奮起。五回に2点差を追いつくと、六回、戸倉勝城の2ランで勝ち越し、梶本に初勝利をもたらした。